- 現身日和 【うつせみびより】

大水神社と旧林崎文庫も内宮近くの穴場スポット

大水神社クスノキ

 昨日紹介した宇治神社地図)の160メートルほど北に大水神社(地図)がある。
 内宮入り口に架かる宇治橋から見ると130メートルほど西だ。
 近くには饗土橋姫神社(あえどはしひめじんじゃ)や津長神社、旧林崎文庫などもあって非常に雰囲気のあるエリアなのだけど、こちらを訪れる人は少ない。
 大水神社の裏にある大楠の木は樹齢300年を超える巨木で、なかなかの迫力だ。この木を見るためだけでも訪れる価値がある。
 内宮のごく近くにありながら穴場スポットとなっているのは惜しい。



大水神社社号標




大水神社鳥居前

 大水神社(おおみずじんじゃ)は、皇大神宮(内宮)の摂社27社のうち第16位で、『延喜式』神名帳の大水神社に比定されている。
 垂仁天皇の時代に倭姫(ヤマトヒメ)がこの地に定めたとされる。
 中世以降に荒廃して社地のみが残っていたところに江戸時代前期の1664年に再建された。
 明治4年(1871年)、内宮末社16社のうちの第10位の川相神社(かわあいじんじゃ)と内宮末社第11位の熊淵神社(くまぶちじんじゃ)を本社に合祀した。
 二社はもともと五十鈴川の上流に鎮座していた社で、川相神社は細川水神(ほそかわのみずのかみ)を、熊淵神社は多支大刀自神(たきおおとじのかみ)を祀る。

 大水神社の祭神は現在、大山祇御祖命(おおやまつみみおやのみこと)を祀るとしている。
 大水なのにどうして山の神を祀っているのかは謎だ。しかも、大山祇神ではなく大山祇「御祖」としているところに引っかかりを感じる。大山祇の両親は伊弉諾命(いざなぎのみこと)・伊弉冉命(いざなみのみこと)で、どちらも水神ではない。
 では大山祇の子供はというと富士山の神である木花咲耶姫(このはなさくやひめ)や、ニニギに送り返されてしまった石長姫(いわながひめ)などがいるも、やはり水属性とはいえない。
 古書では大山罪乃御祖命と表記しており、「罪」の字を使った理由があったようだ。
 水神社ではなく大水神社としていることも何かありそうだ。



大水神社鳥居と木々




大水神社林崎文庫

 林崎文庫は内宮の文庫で1686年に宇治丸山に内宮文庫として創設したものを1690年に林崎の地に移したことで林崎文庫と呼ばれるようになった。
 明治の末に豊宮崎文庫(とよみやざきぶんこ)とあわせて神宮文庫となっている。
 神宮文庫(web)は木曜日・金曜日・土曜日の午前9時から午後4時まで一般も利用できる。



大水神社林崎文庫説明




大水神社林崎文庫内部

【アクセス】
 ・JR/近鉄「伊勢市駅」から三交バス「内宮」で下車。そこから徒歩約1分
 ・駐車場 なし
 
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伊勢の足神さんと呼ばれる内宮近くの宇治神社を訪れる

宇治神社

 伊勢の内宮近くに地元でもあまり知られていない宇治神社(地図)という神社がある。足神さんとして一部ではよく知られているようだ。
 宇治橋前に建っている鳥居の正面にある駐車場を少し奥に行った先にある。人の流れを見ていても、こちら方面に歩いていく人はほぼいない。
 私もまったく知らなかったのだけど、去年の12月に神宮を訪れたとき、相棒に教えてもらって初めて参拝したのだった。



宇治神社入り口

 足神さんはわりと高い場所にあって、坂道と階段を登っていかないといけない。本当に足が悪いとお願いする以前にたどり着けない。



宇治神社二の鳥居

 伊勢の内宮と外宮は平成25年(2013年)に式年遷宮が行われたのだけど、ここ宇治神社は平成28年(2016年)11月に社殿や鳥居が新調された。
 訪れたのはその翌年の12月ということで、まだけっこう新しさが残っていた。



宇治神社本社

 足神さんとして知られている宇治神社ではあるけど、本体は山神社で、大山祇命(オオヤマツミ)を祀っている。
 もともとの名前は宇治山神社で、以前はおはらい町の楓神社がある場所(地図)に鎮座していた。
 内宮末社の那自賣神社(なじめじんじゃ)の旧地という説と、1660年(万治3年)の洪水で神路山にあった小祠が流れ着いたのでここに祀ったという説がある。
 明治になって村社に列格。内宮の門前町の館町・今在家町・中之切町・浦田町の氏神だった。
 明治16年(1883)、不動明王院(廃寺)の鎮守だった弓場天神を境内に移す。
 明治41年(1908年)に4つの町で祀られていた神社などを合祀し、明治43年(1910年)に中之切町にあったものを現在の今在家町に移した。



宇治神社本社祭神

 現在、本社には以下の神が祀られている。
 玉移良比賣神(タマイラヒメ)、御裳須曽姫神(ミモスソヒメ)、豊玉比賣神(トヨタマヒメ)、素戔嗚尊(スサノオノ)、天兒屋根命(アメノコヤネ)、速秋津日子神(ハヤアキツヒコ)、速秋津比女神(ハヤアキツヒメ)、新川比賣神(ニイカワヒメ)、火産霊神(ホムスビ)、水波賣神(ミズハノメ)、神名不詳一座(石津賀神社の祭神)、応神天皇(ホムタワケ)、天見通命(アメノミトオシ)、大職冠鎌足神霊(タイショクカンカマタリ)、和気清麿神霊(ワケノキヨマロ)、菅原道真神霊(スガワラノミチザネ)、楠正成神霊(クスノキマサシゲ)、彌武彦神(ヤタケヒコ)、羽倉東麿神霊(ハクラアズママロ/荷田春満)、岡部真淵神霊(オカベマブチ/賀茂真淵)、本居宣長神霊(モトオリノリナガ)、平田篤胤神霊(ヒラタアツタネ)。
 いずれも4つの町にあった無格社の神社の祭神だ。
 三重県は明治末の神社合祀政策に積極的に協力して合祀を断行した県で、それまで1万社以上あったものを1千社にまで減らしてしまった。9千社も取りつぶして合祀したため、名のある神社では10柱も20柱も祀るということになっている。
 失われた9千社の中には式内社も含まれていて残念ではあるのだけど、一県に1万社はさすがにちょっと多すぎたかもしれない。



宇治神社わらじと絵馬

 足神さんに供えられた絵馬とわらじ。
 足が治りますようにという願いと、足が速くなりますようにといった願いが両方ある。
 三重県伊勢市出身の野口みずきは2004年のアテネオリンピックの前に足神さんを訪れてわらじを奉納して祈願をしている。金メダルを獲ったときはこの神社もかなり話題になったようだ。
 2016年の建て替えのときも再訪してお礼参りをしたそうだ。



宇治神社足神さん

 足神さんといわれているのは館町にあった足神神社で、祭神として宇麻志阿斯訶備比古遅神(ウマシアシカビヒコヂ)を祀っている。
 天地開びゃくの造化三神の次に現れたとされる神で、宇麻志(うまし)はよいもの、阿斯(あし)はすくすくと真っすぐに育つ葦のこと、詞備(かび)はカビのことで芽吹くものという意味があるとされる。
 阿斯=葦=足の連想で足の神ということになったのだろう。
 上の写真に写っている石が撫で石と呼ばれており、足の悪いところと石を交互に撫でると足がよくなるといわれている。



宇治神社の社




宇治神社の社




宇治神社

 蓬莱稲荷はもともと蓬莱家の社で、以前は五十鈴川郵便局近くにあったものを明治43年(1910年)に現在地に移した。

 足に関する願い事がある方は一度訪れてみてください。内宮に参拝したついででも。

【アクセス】
 ・JR/近鉄「伊勢市駅」から三交バス「内宮」で下車。そこから徒歩約5分
 ・駐車場 なし
 
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何の情報もない千年1八幡神社

千年1八幡神社

 熱田区千年1丁目の八幡神社(地図)。
 すぐ近くにある千年2丁目にある八幡社と関係があるのかないのか。
 千年2八幡社は1837年に開発された熱田築地前新開(のちに作良新田)の神社で、千年1八幡神社は1675年に御船奉行の横井作左衛門が開発した船方新田にある神社なのだけど、土地としては千年1の方がずっと古い。ただ、横井作左衛門が勧請したという話は伝わっておらず、いつ誰が祀ったのかがまったく分からない。情報がほとんどないので分かることは少ない。
 そのあたりについては神社サイトの八幡神社(千年2)のページに書いた。
 現場で分かったこともあまりなく、鳥居裏には大正十二年とあるけど、これは鳥居が奉納された年というだけで手がかりにはならない。
 町中の中規模神社でこれだけ情報が少ない神社はあまりない。今のところお手上げ状態だ。



千年1八幡神社鳥居額




千年1八幡神社拝殿から社




千年1八幡神社流造社




千年1八幡神社本社横から




千年1八幡神社手水鉢




千年1八幡神社石碑




千年1八幡神社鳥居裏




千年1八幡神社百度石

【アクセス】
 ・地下鉄名城線「伝馬町駅」から徒歩約26分
 ・駐車場 なし
 
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