東大寺<後編>は二月三月四月堂 一月堂や五月堂はないですよ

奈良(Nara)
三月堂前の風景

PENTAX K100D+TAMRON SP 17-35mm f2.8-4 Di



 東大寺の魅力は大仏殿だけじゃない。二月堂をはじめ他にも見所はいろいろある。私たちは時間が足りずにやや駆け足の見学になってしまったけれど、二月堂だけは見にいった。三月堂、四月堂は外見だけとなってしまい、三月堂の内部を見られなかったのはちょっと心残りではある。
 乾漆不空羂索観音立像や塑造日光・月光菩薩立像など国宝ゴロゴロで、宝庫とはまさにこのことを言うのだというくらいの充実ぶりを誇る三月堂。国宝、重文仏像がギュウギュウ詰めなんだとか。ただし、内部は撮影禁止で、拝観料も500円と高めだ。金額はともかく、撮影禁止というのはどうにかならないのか。
 建物自体も国宝指定になっている。東大寺に残る数少ない奈良時代建築のひとつで、金鐘寺(こんしゅじ)時代に羂索堂(けんさくどう)として建てられたものだ(743年)。東大寺最古の建物でもある。
 当時のものは、仏像が安置されている北部分の正堂で、南側の礼堂(らいどう)は鎌倉時代(1199年)に再建されたものだ。写真に写ってるのが新しい南部分で、この裏手にあたる部分が奈良時代のものになる。
 本尊が不空羂索観音ということで昔は羂索堂と呼ばれていたのが、毎年3月に法華会が行われたことから法華堂や三月堂と呼ばれるようになった。



四月堂外観

 三月堂から二月堂に向かう途中の反対側にあるのが四月堂だ。それぞれ特徴と人気のある二月・三月堂に比べると地味な存在で、みんなに素通りされがちだ。
 重文の本尊千手観音像や阿弥陀如来坐像などが安置されていたり、室町時代に再建されたお堂だったり、それなりに見応えもあるのだけど、東大寺の中では目立たない。他のチームにいけばレギュラー確実なのにビッグチームにいて補欠に甘んじている選手みたいだ。
 創建は1021年、仁杣、助慶両上人で、かつては普賢菩薩像を本尊としてために普賢三昧堂とも呼ばれていた。三昧堂の名は、毎年4月に法華三昧堂が行われるところからきている。四月堂の呼び名の由来もそこからだ。



二月堂外観

 三月堂、四月堂ときたら次は五月堂だろうと思いきや、二月に戻る。そしてそこで月シリーズは終わる。一月堂はない。五月堂も。昔は一月堂から十二月堂まであったんだよ、なんてもっともらしいことを言うと、へぇーなんて感心されてしまいそうだけど、実際はそんなものは昔からなかった。あるのは二・三・四月堂だけだ。
 二月堂の由来も他の二つと同じで、旧暦の2月に修二会(しゅにえ)という大切な行事が行われているところからきている。東大寺のお水取りといえば関西では有名な行事で、お水取りが終われば春が来るというのはよく言われることだ。
 修二会は752年に開山の良弁僧正の弟子だった実忠和尚(じっちゅうかしょう)によって始められたとされている。国家安泰や五穀豊穣を願う行で、なかでも二階の舞台をたいまつの火が駆けめぐるのが有名だ。テレビのニュース映像などで見たことがある人も多いだろう。
 源平合戦のときも、第二次大戦中も途絶えることなく、1200年以上続いている伝統の行事だ。松明(たいまつ)の火の粉を浴びると無病息災ということで、大勢の人が詰めかける。お松明は期間中毎日行われているのだけど、クライマックスは12日の夜で、この日が特に盛り上がりを見せる。
 正式名を十一面悔過(じゅういちめんけか)といい、本尊の十一面観世音菩薩に祈る行だ。修二会というのは、二月に修する法会という意味だ。
 お水取りというのは、若狭井(わかさい)という井戸から観音様に供えるお香水(おこうずい)を汲み上げる儀式からきている。いろんな呼び方があったり、読み方が難しかったりして、最初どういうことかよく分からなかった。帰ってきてから調べてようやく理解できた。
 こんな木造建築で火を振り回して大丈夫なんだろうかと心配になるけど、1200年で一度しか火事になってないから大丈夫なのだろう。でも一度はそれで全焼している。平重衡の兵火でも、三好・松永の戦いでも燃えずに焼け残ったのに、自分のところの行事で焼けてしまったのはちょっと皮肉な話だ。現在の建物は、1667年に焼けて2年後には再建されたものだ。
 国宝指定は2005年と最近のことだ。建物は江戸時代のものだから、とびきり古いものでもない。
 本尊は秘仏の十一面観世音菩薩。



二月堂のお堂前

 二月堂は崖の上に建っているから、石段を登っていかないといけない。ここが登り切ったところだ。
 左手に写っているのが二月堂の建物で、正面右手は手水舎だっただろうか。大きな提灯のようなものがたくさんぶら下がっている。



舞台から奈良の街方面を見渡す

 舞台からは大仏殿や、その向こうに奈良の街並みを見渡すことが出来る。奈良時代はこのあたりも山の中だったのだろう。遠くに平城宮が見えていたんだろうか。
 西向きだから夕焼けがきれいだろう。シーズンオフで人が少ない夕暮れどきなんかもよさそうだ。



舞台と回廊

 左が舞台で、右には屋根付きの登り回廊がある。帰りはこちらから帰ることにした。
 この日は紅葉シーズンの休日ということで、二月堂の舞台上も大変な賑わいをみせていた。あさって12日はあの上を松明の火が走り回ることになるのだろう。行事は深夜だからニュース映像で見られるのは13日になる。YouTubeなどで映像だけならいつでも見られるのだけど。



二月堂を下から見上げる

 登廊下から舞台を見上げたところ。ここからが一番絵になる姿かもしれない。秋の青空を背景に、二月堂は凛と建っていた。



石畳の風景

 石畳と土塀が続く東大寺の裏参道がいい。奈良はこういう風情のあるしっとりとした場所が意外と少ない。



奈良の街の日常風景

 たくさん撮った奈良写真の中でも、これは好きな一枚だ。無関係の他人だけど、家族写真のような親しみを感じる。見知らぬ一家の思い出の一枚としてここに貼り付けておこう。

東大寺と鹿の風景

 ほぼ同じカットの写真を以前にも載せたけど、東大寺の締めくくりはこのシーンにした。東大寺大仏殿と中門、鏡池と鹿のショットは、これ以上ないというほど奈良らしい光景だ。
 東大寺編は前後編、これで完結となる。見物という点では少し心残りがありつつも、書くことに関してはだいたい書いたと思う。
 次の機会があれば、奈良公園周辺だけでなく、法隆寺や唐招提寺、飛鳥方面にも行ってみたい。奈良めぐりはまだ始まったばかりだ。楽しみはたくさん残っている。
 
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コメント
  • 2008/03/11 00:55
    こんばんは。奈良には高校の修学旅行で行ったきりです。もう十ウン年前ですが。
    その前は小学校の修学旅行や家族旅行でも数回行きました。
    また行ってみたいですよ。
    修学旅行だと団体行動や時間の都合で、のんびりできないんですよね。

    このブログを見ていると記事の場所に行きたくなることがしばしば…。行ったつもりで毎回楽しく見ています。
  • 変わらない奈良
    2008/03/12 00:10
    ★しゅうさん

     こんにちは。

     奈良は修学旅行の定番ですよね。
     私も中学のとき、京都・奈良に行きました。
     でも、ほとんど覚えてないんですよねぇ。(^^;
     京都は印象に残ってるんだけど。
     その後久々に行ったのが10年くらい前だったから、今回はまた久しぶりの奈良でした。
     でも、あまり変わってないのが奈良のいいところ。京都なんてがらりと変わってしまったから。

     ここに紹介した写真と文章で少しでも行った気になってもらえればいいなぁといつも思ってます。
     なんていう口実のもとに、あちこちふらついてる私です。
  • 正月堂はある!
    2014/05/03 15:03
    三重県の島ヶ原に正月堂があり、修一会(お水取り)が行われている。
  • 伊賀再訪なるか
    2014/05/03 23:09
    >ひげさん

     こんにちは。
     島ヶ原ってどこだろうと思ったら、伊賀市なんですね。
     上野までは行ったことがあるんですが、そこから先は未踏地です。
     正月堂の修正会というのも初めて知りました。
     ありがとうございます。
  • 2015/10/03 12:33
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  • 管理人のみ閲覧できます
    2015/10/03 12:35
    このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 東大寺
    2015/10/03 20:55


     何かのお役に立てたならよかったです。
     東大寺行きはもう7年の前のことになるんだと、あらためて思い出させてもらいました。
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