地図を持たずに飛び出して着地点を見失って胴体着陸サンデー

料理(Cooking)
胴体着陸サンデー

Canon EOS 20D+EF50mm F1.8 II



 こんばんは。設計図を持たない料理人のオオタです。
 今日のサンデー料理は最初からイメージ不足だった。旅行に行こうと思い立ったはいいけど行き先が決まらないままとりあえず家を出てしまったときみたいで、ヨーロッパへ行こうか中国へ行こうかやっぱり引き返そうか、フラフラとよろめいて結局着地点が見いだせないまま公海上に胴体着陸したような料理になってしまった。イテテテ、腹打ちした。
 当初は洋食と中華の融合みたいなことを考えていたのだけど、作っているうちにどんどん予定からずれていって、最終的にはまたもや無国籍料理となった。洋食でもなく、中華でもなく、ましてや和食でもない。一般家庭の料理とも違う。自分でも何を作ったのかよく分からない始末だ。明日、何かの間違いで逮捕されて、取り調べで夕べは何をしていたんだと訊かれて、料理をしてましたと答え、何を作ったんだと畳みかけられると口ごもってしまって悪い心証を与えてしまいそう。えーと、肉団子じゃないんだけど白身魚の揚げ物風というか、デミグラスソース崩れのトマトソースのナスと卵かけみたいな、抹茶入り豆腐の失敗作とかです、なんて言ってもすごく嘘っぽくて説得力がない。貴様、いい加減なことを言うなとか怒鳴られて机を叩かれてキューっとなってしまう。あらぬ疑いをかけられないためにも、せめて名前のある料理を作りたい。
 名前はないけどとりあえずどんな材料でどんな料理を作ったかだけは書いておきたい。その説明書きをもって私のアリバイに代えさせていただきます。

 まずは左手前から。基本は豆腐だ。これを緑色にしてやろうと思いついたのが運の尽き。はっきり言ってこれは失敗だった。もう一度作ることはないだろう。
 緑豆腐にするために抹茶を入れるというアイディアは間違ってなかったのかもしれない。ただ、その分量が多すぎた。やけに渋い味になって、薬膳料理のようだった。もっと抹茶の量を減らして、渋みに負けないくらい強いソースをかければよかったのだろうか。
 木綿豆腐をレンジで水切りして、長ネギ、エビ、小麦粉、パン粉、抹茶、しょう油、酒、みりん、塩、コショウをよく混ぜる。
 それをラップに包んで四角形にして、レンジで裏表3、4分くらいずつ加熱する。そのままラップの中で蒸しておく。
 あとは、それに青のり、カレー粉、一味、塩、黒コショウ、ゆで卵の黄身を振りかけて完成となる。
 苦みと辛みが複雑に絡み合って、得も言われぬ味わいだ。今更だけど、もう少しなんとかならなかったものか。単純にしょう油をかけてしまっては面白くない。スープ仕立てにもできないし、何かこれに合うソースがあるようなないような。やっぱり緑色の豆腐にするというのはアイディア倒れだったのか。

 右手前は一見オムレツに見えるけど、そうでもない。卵の下には焼きナスと焼きトマトが隠れている。メイン食材はその二つだ。
 ナスは輪切りにして水にさらしてアクを抜いて、塩、コショウしてオリーブオイルで焼く。トマトも輪切りにして塩を振って焼きを入れる。あと、白ワインを振ったりしてみる。
 溶き卵に牛乳、とろけるチーズ、塩、コショウを混ぜて、フワフワの半熟状にして、それをナスとトマトの上に乗せる。ここまでは簡単。手間暇かかるのはソースだ。
 刻んだタマネギ、ニンジン、鶏肉、エビをオリーブオイルで炒めて、赤ワインをたっぷり注ぎ込む。アルコールを飛ばしたら、ざく切りしたトマトを加え、バター、小麦粉、ケチャップ、しょう油、塩、コショウ、一味、砂糖、コンソメの素で味付けをする。途中で水を足しつつ、味付けを加えてクツクツと2時間ほど煮込んでいく。
 こうしてピリ辛でまろやかで深みのあるソースが完成する。ややデミグラスソース寄りのトマトソースといった感じだろうか。このソースはコロッケなどにも使えるし、そのまま飲んでも美味しい。

 奥のものは、最初の設計図から一番大きく違ってしまったものだ。最初は白身魚を団子にして、あんかけ肉団子風にしようと思っていたのに、完成型はピカタ揚げのようになってしまった。
 肉ではなく白身魚のタラを使う。皮を取って細かく刻み、タマネギ、卵、パン粉、小麦粉、塩、コショウ、しょう油を混ぜて、ある程度練り込む。ただ、肉ではないので団子状にはならない。なので、スプーンですくって、フライパンで揚げ焼きにする。面倒じゃなければちゃんと揚げた方がいいかもしれない。
 そこにしめじを加えて、とろみをつけたタレを絡めて炒める。タレは、しょう油、酒、みりん、めんつゆ、塩、コショウ、一味、ラー油を混ぜてひと煮立ちさせ、水溶きカタクリ粉でとろみをつけた。

 食べる側としては、まずまず満足度の高いサンデーではあった。食べて美味しければそれが何料理であろうとそんなに大きな問題ではない。豆腐さえ足を引っ張らなければ申し分ない夕飯だった。
 作り手の側からすると、時間がかかったわりにはそれに見合うだけの成功を収めることができなかったのが悔しいところだ。当初のイメージから大きく逸脱してしまったのもマイナスポイントだった。頭の中のぼんやりした完成図としては、中華風味付けで見た目は洋食の洒落た料理になるはずだった。赤いトマトソースの浅瀬の中央にオムレツ風の具材が山になって、そこにふわっと繊細に卵が乗っていて、豆腐はカラフルな絵のようで、団子は丸いボールに黄金色のソースが上品にかかっている図が頭の中にあった。どこでどう間違えるとこんなことになってしまうのか。私の場合、調理に入る前に、料理の完成図の絵を描くところから始めた方がよさそうだ。
 味が美味しいのは前提条件として、見た目も同じくらい大事なのが趣味としての料理だ。味と見た目は両輪で、どちらかが遅れたり先走ったりすれば料理は真っ直ぐに進まない。料理人自身がどっちへ曲がるか分からなければ目的地に着けるはずもない。今の私の料理人としてのレベルは、教習所の第1段階の後半で落ちまくっているおばちゃんドライバーくらいだと思っておいた方がいい。まだ仮免ももらえない。このまま路上に出るのは危険だ。
 それでも独学でなんとかここまで来た。あとは自分の中でしっかりしたイメージを作ることと、それに近づけることが課題となる。料理の上手い下手は、作る前の段階で決まっていると言っても言い過ぎではない。完成図さえ頭の中に描ければ、あとはそれを実現させるだけで、技術はあとからついてくる。
 いつか私も、地図を持たない放浪の料理人から脱して、地に足の着いた料理人になりたいと思う日曜日の夜であった。
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