鎌倉はずれの瑞泉寺へ遅い紅葉を見に行ったらまだ早かった

鎌倉(Kamakura)
瑞泉寺-1

PENTAX K100D+SIGMA 17-35mm f2.8-4



 鎌倉宮を出て左に曲がって更に奥を目指す。20分ほど歩いたところで瑞泉寺(ずいせんじ)の入り口が見つかった。やっと着いたかと思うとそうじゃない。本堂はここから更にずっと進んだ先にある。
 ここまで来るとけっこう山の方に来たという感じがする。三方を山に囲まれた鎌倉の街で、ここが北東のはずれになる。
 このあたり一帯は紅葉ヶ谷(もみじがやつ)と呼ばれており、昔から紅葉名所だったようだ。瑞泉寺も鎌倉の中では一番紅葉の遅い場所としても知られている。私たちが行ったのもそれを見るためだった。

 瑞泉寺は鎌倉期に創建された臨済宗円覚寺派のお寺で、山号を錦屏山という。
 1327年、鎌倉幕府の重臣だった二階堂道蘊(どううん)が、夢窓疎石を開山として創建し、瑞泉院と名づけた。
 瑞泉寺となったのは、足利尊氏の四男で初代鎌倉公方の足利基氏のときだった。その頃までに衰えていた寺の勢いを再び取り戻させて(そういうのを中興という)名前をあらためた。
 このあたりの二階堂という地名は、二階堂道蘊から来ている。
 足利基氏がこの寺に葬られてからは、関東公方家の菩提寺となり、鎌倉五山に次ぐ関東十刹(じっさつ)筆頭となった。
 鎌倉時代から五山文学(禅宗寺院で行われた漢文学)の拠点であったこともあり、近代まで文学者との関わりも深い。徳川光圀もここで『新編鎌倉志』の編さんをしたといわれている。鎌倉に縁のあった文学者の多くが訪れ、永井龍男の「秋」などの作品にも登場している。高浜虚子、久保田万太郎、大宅壮一などの碑の他、久米正雄や立原正秋の墓がある。

瑞泉寺-2

 総門の前できれいに染まったモミジが出迎えてくれた。
 このあたりはやたら電線が目立ってしまうので写真を撮るとき邪魔になる。景観もよくないし鎌倉は狭いのだから、せめて電柱を地下に埋めればいいのにと思う。工事は大変だろうけど。
 こういう細い道でも車が平気で通るのも鎌倉の特徴だ。車の運転に自信がない人は鎌倉は住まない方がいいかもしれない。
 総門をくぐればいよいよ境内かと思うとそうではない。左右に民家が建ち並んでいて驚かされる。境内なのに民家? かつては大規模だった寺が土地を切り売りしたのか、今はかなり縮小されてしまったようだ。
 それにしても門の中に普通の民家があるというのは不思議な感じがする。

瑞泉寺-3

 途中でポツンと土鈴(どれい)の店があった。みやげもの屋などが並んでいるわけではなく、ここだけが独立してある。おじいさんが趣味を兼ねてやっているような店で、たくさんの作品が並んでいた。作るのが楽しくて売るのは二の次といったところだろうか。でも、けっこういい値段していた。
 私も瀬戸で土鈴猫を作ったけど、あれは面白かった。また機会があれば挑戦してみたい。次こそ猫に似せてみせる。

瑞泉寺-4

 鎌倉で一番紅葉が遅いところというだけあって、我々が訪れた12月9日はまだ完全に色づいていなかった。他ではほとんど終わっているところが多かったのに、ここは特別遅い。山の方で気温も低いだろうに平地より遅いというのは不思議だ。
 あれから一週間経って、そろそろ見頃が過ぎた頃だろうか。
 本堂は高い位置にあって、少し長めの石段を登らなければいけない。途中で二手に分かれていてどっちから行けばいいか迷う。先で合流してるからどっちから行ってもいいのだけど、右が新しく作られた方で、左が昔からある石段だ。行き帰りで両方行ってもいい。

瑞泉寺-5

 かなりの巨木もあり、一本で見上げる空全体を覆い隠していた。
 このときの染まり具合はまだ6分、7分くらいで、青々してるやつもあった。これが真っ赤に染まったら壮観だろうけど、グラデーションもそれはそれで悪くない。

瑞泉寺-6

 石段を登り切ったところに三門がある。
 書き忘れたけど、ここでは拝観料100円を取られる。100円は良心的だけど、いよいよここからは鎌倉得意の小銭徴収攻撃が始まる。

瑞泉寺-7

 ここは鎌倉を代表する花の寺で、一年中何かしらの花が咲いている。特に有名なのが春先の梅と水仙だ。境内にはたくさんの梅の木があり、3月はさぞや華やかなのだろうと思わせた。
 その他、椿、マンサク、コブシ、藤、アジサイなどが咲き、最後は紅葉で締めくくりとなる。この時期は、センリョウ、マンリョウの赤い実も目立っていた。
 仏殿や書院、客殿、地蔵堂、開山堂などはすべて大正以降に再建されたもので、古い堂は残っていない。その点ではありがたみはもうひとつだ。

瑞泉寺-8

 どこもく地蔵と呼ばれる堂。
 昔、寺の堂守が生活の苦しさから逃げだそうとしていたとき、夢に地蔵が現れて「どこも苦、どこも苦」と言うのを聞いて思い直して地蔵を祀るようになったという話だ。
 中をのぞくと、地蔵菩薩立像が安置されていた。これは古そうな建物だったのに、意外と新しいものだったのだ。火事で焼けたのか、関東大震災で倒れたのか。

瑞泉寺-9

 これが瑞泉寺名物、岩の庭園だ。鎌倉によくある「やぐら」かと思ったら違った。
 夢窓疎石初期の作品で、徹底的に無駄をはぶいて、くりぬいた岩と池で禅の庭園を造ったとされている。造形がワイルドすぎて言われなければよさに気づかない。言われても、はぁ、そんなもんですかと言うしかない。鎌倉期唯一の庭園で、禅宗庭園の傑作とされている。
 長らく忘れられて埋もれていたものを、昭和45年(1970年)に発掘、復元したのだとか。
 夢窓疎石は京都の天龍寺の庭園が一番有名だろう。西芳寺や山梨の恵林寺などたくさん設計していて、私は岐阜県多治見の永保寺や春日井市の内々神社のものを見た。
 まあ、でも、禅の庭は難しい。正直、分からないのが当たり前だと思う。

瑞泉寺-10

 紅葉の赤に惹かれるのは共通のようで、みんなして同じ木を囲むようにして撮っているのがおかしい。その姿が私にとって被写体になる。

瑞泉寺-11

 お昼も過ぎたところでランチタイムとなる。おあつらえ向きに休憩所があったので、そこで食べることにした。残念ながら高台からの見晴らしはよくない。木々に遮られていい景色とは言えない。よく晴れた日は富士山が見えるそうだけど、このときは見えなかった。残念。
 ケーキは今回市販のものだった。ケーキ焼きはクリスマスだ。けど、市販のケーキを超えるのは難しい。料理なら自分の好みの味付けとかがあるけど、ケーキだけは正面から戦って必ず負ける。コンビニの安いケーキを超えることさえ難しい。

瑞泉寺-12

 どこからともなくサビ猫が現れて愛想を振りまいてくれた。サービスのいいやつだ。首輪もしてるし、ここのお寺の飼い猫だろうか。ここなら行動も自由で縛られないし、車もこないから半ノラのような状態で気ままに生きるには最高の環境だろう。
 よく慣れていて触ってもおとなしくしていた。首輪にプレートが付いていたから名前が書いてあるのかと見てみたら、ノミ取り首輪の日付を書くプレートだった。
 猫が食べられるようなものは持っていかなかったので、こいつらは何もくれないやチェっとか思ったようで離れていった。遠出するときもカリカリは必帯だろうか。

 岐れ路の北側の道はここが終点となるから引き返すことになる。歩き目的なら天園ハイキングコースを行ってもいいのだけど、山歩きを避けるならいったん戻ることになる。ここから真っ直ぐ南に降りられると楽なのに、鎌倉宮の手前まで戻らないといけない。それがこのコースで少しやっかいなところだ。
 次回は金沢街道に出て、杉本寺などを回ることになる。それはまた別の話。今日はここまで。続きはまた明日。
記事タイトルとURLをコピーする
コメント
  • 2007/12/16 15:53
    ミルクティが好きなんですね

    この紅葉を、ファインピックスS2でも見たいwww

  • S2proは海で
    2007/12/17 06:27
    ★ただときさん

     こんにちは。
     これだけ午後の紅茶のミルクティーが登場すると、好きというのは隠せませんね(笑)。
     レモンティーはあまり好きじゃないんだけど、ミルクティーはよく飲む私です。
     たまにココアもあり。

     FinePix S2proはここのところ登場してませんね。(^^;
     紅葉のとき以来出番がない状態です。でももっと使いたい。
     来週海へ行ったら持ち出そうかな。
コメント投稿

トラックバック
  • このキャッチコピー、表彰もんだとわたし思います。わたし、なぜこの本を読んだか。ある人に「ダザイなんて暗くてよめない!」て私、言ってしまった訳です。ある人はニコっとわらって私に小冊子を渡し、平成の女性はダザイが暗いんなんて思われていますよ」て知り合いのダ...
    あおいのblog
    2008/01/20 11:34