和食器の目覚め。寝た子を起こしたか!? 2005年12月1日(木)

物(Objet)
織部のご飯茶碗

Canon EOS D30+SIGMA28-80mm(f3.5-5.6), f4.5, 0.5s(絞り優先/三脚)


 料理に目覚めたら必然的な流れとして次に食器へと気持ちが向かうのを止めることはできない。これは誰しも通る道だろう。うんうん、そうに違いない、と誰にともなく言い訳をして買った、織部(おりべ)のご飯茶碗と湯飲みのセット。
 別に言い訳をして買わなくちゃいけないほど高いものでもないのだけど、この小さな一歩がのちに雪崩を打ったような食器買い漁りにつながらないとも限らないので注意が必要だ。食器屋で両手に抱えきれないほど食器を持っている私をみかけたら、そっと注意してください。雪崩打ちそうですよ、と。

 織部というのは、戦国時代に信長、秀吉、家康に仕えた茶人、古田織部の流れをくむ焼き物の総称で、大きく言うと美濃焼の中のひとつなのだと思う(実は私もよく分かってない)。
 古田織部は千利休の弟子で、のちに利休の茶の道を大いに発展させた人として名高い。なかなか面白い人物だったようで、武家出身で秀吉に仕えた頃は合戦にも参加しているし、文禄の役では朝鮮にも行っている。最後は家康の怒りを買って72才で切腹という波乱に富んだ人生を送った。
 武家出身というのは茶の道にも色濃く表れている。左右対称で端正な佇まいといったものを好んだ千利休に対して、織部はやや崩れたものを好んだ。ダイナミックさや危ういバランスの中に美しさを見いだしていたようだ。
 それは現在の織部焼きにもつながっていて、わざと形を歪ませたものや、厚みが一定じゃないものなど、自由で豪放なのが特徴となっている。
「青織部」「鳴海織部」「赤織部」「黒織部」「志野織部」「伊賀織部」「唐津織部」などいろいろ種類はあるようだけど、よくは知らない。そんなに織部に思い入れがあるわけではないので。

 食器も高いものは冗談みたいに高いけど、普通のものはそんなにはしない。織部のご飯茶碗なんかでも1,000円とか2,000円くらいからあるから心配はいらないぞ、私。
 ちょっとした贅沢だけど、お気に入りの茶碗でご飯を食べるのは嬉しくもあり楽しくもある。子供用のアンパンマンの茶碗とプラッチックの箸で食べるのと、手焼きの和食器で食べるのとでは米の味も違ってこようと言うものだ。
 茶碗に限らず食器類もあれこれ自分で選ぶのは楽しいものだ。私も今までまったく興味がなかったから、適当に買ったものやもらいもので間に合わせていたけど、これはなかなか楽しい世界だということに気づいてしまった。危険な兆候だ。

 後ろに写ってる炊飯土鍋についてもついで少し書くと、これはもう絶対的にオススメだ。どれくらいオススメかというと、一軒いっけんのお宅を訪問して、炊飯土鍋いかがっすかー、とすすめてまわりたいくらいだ(しないけど)。
 とにかくご飯の味が違う。これに慣れてしまうと炊飯ジャーで炊いたご飯のまずいこと。べとっとしてご飯が寝ている。土鍋で炊けばご飯はふっくら甘く、匂いが違う。冷めても美味しいからお弁当にもいいし、おこげも自由に作れる。
 炊き方も簡単で、炊飯ジャーより早く炊けるから、忙しい人にもぴったりだ。最初に7分くらい強火で炊いて、吹きこぼれてきたら弱火にして10分ちょっと、あとは10分ほど放置して蒸らせば出来上がり。合計で30分もかからないし、光熱費の節約にもなる。
 値段はこれもずいぶん差があるのだけど、1万円以上するものまでは必要ないと思う(それでも炊飯ジャーに比べたら安いものだ)。5,000円以内のでも充分美味しいご飯が炊ける。ただし、ホームセンターで安売りしてる1,000円とかだとやっぱり微妙に美味しさが落ちるのでやめた方がいいかもしれない。

 焼き物の和食器に興味を持つようになるなんて、私も年を食ったものだ。でも年を取ることのよさというのはこういうところにあるのだと思う。若い頃興味がなかったものは、そのよさが分からなかったからだ。それが少しずつ分かるようになってきたことは、ここまで生きてきたかいがあったというものだろう。
 これからオークションなどで楽しみながらちょっとずつ集めていきたいと思っている。でも、あんまりのめり込みすぎないようにしないといけない。平蜘蛛の茶釜を信長に奪われるのがイヤで茶釜と共に爆死した松永弾正久秀のようにならないように気をつけなくちゃ。

記事タイトルとURLをコピーする
コメント
コメント投稿

トラックバック
  • »
  • »
  • »
  • 和食器の目覚め。寝た子を起こしたか!? 2005年12月1日(木)