勝手に紹介 ~尾崎豊編

音楽(music)
空と雲

 尾崎豊について、これまで誰かと話をしたことはほとんどない。何をどう話していいか分からないからだ。
 1992年に26歳でこの世を去ってすでに30年以上が経った今も、自分の中で尾崎豊の存在は未解決のままだ。
 そんなに好きなんですかと言われるとそういうことではないし、大ファンかといえばそういうこともでない。
 そんな単純な話しではないのだ。
 いつか尾崎豊について書けるときが来るかもしれないし来ないかもしれない。
 今はまだその時期ではない。
 でも、ここで一度、自分の中に残った尾崎豊の曲について整理しておきたい気持ちになった。
 それは一歩前進といえるかもしれない。

 勝手に紹介シリーズの番外編として、今回は尾崎豊編をお送りします。




『時』

 人気アンケートでも、オススメの曲でも、まず挙がらないこの曲が私が一番好きだ。ずっと前からそうだし、これからも変わらない。




『ロザーナ』

 尾崎豊が歌いたかったのは、社会や大人たちへの反抗心ではなく、愛とか、人とのつながりとか、罪と償いとか、幸せといったものだったのだと思う。
 尾崎豊を知らない世代にこそ、この『ロザーナ』のような曲を知ってほしい。
「二人は特別変わってた訳じゃないからいつか同じ過ちから解き放たれよう」のところでどうしても泣いてしまう。




『街の風景』

 10代半ばでこんな曲を書けるというのはどういうことなのか。生まれ変わり以外に説明が付かない。




『OH MY LITTLE GIRL』

 大学生のとき、深夜のバイトの帰りに車の中で聴いていたときのことが蘇る。




『十七歳の地図』

 若かりし頃の尾崎豊。
 全力で歌うというのはこういうこと。
 恥ずかしいとか、カッコ悪いとか、当時からそういう風潮はあったけど、尾崎豊という存在はそれを超越していた。
 普段は礼儀正しくて物静かな青年というのは、尾崎豊に会ったことがある誰もが口にする言葉だ。




『僕が僕であるために』

 尾崎豊好きには印象深い曲だと思う。
 僕が僕であるために、という言葉は尾崎豊の在り方を象徴する言葉だ。




『シャリー』

 見入らせる力、聴き入らせる力、それらの源がどこにあるのかは分からない。
 それはある種の人々を惹きつけ、別の人々を拒絶させる。




『クッキー』

 こういうポップでキュートな曲もあって、ちょっとホッとする。




 初期の一曲。
 尾崎豊という人は変わった人で、変わっているというか相反する両極の振り幅が大きい人だった。
 小学生のときは登校拒否児だったのに、中学では生徒会の副会長をやったり、それでいて喫煙で停学になったかと思えば青山学院高等部に進学している。しかし、バイクで事故をしたり喧嘩で停学になったりで自主退学。
 子供の頃は電車オタクだったし、高校時代はずっと新聞配達のバイトをしていた。
 不良なんだか真面目なんだかよく分からない。というか、その両方だったのだろう。
 そんな人間だから周りは当然ながら巻き込まれてしまう。そして振り回され、尾崎豊の意思とは関係のないところで傷つく人たちも生まれる。
 歌うことは彼なりの償いだったのだと思う。




『街路樹』

 17歳でデビューしてほどなく人気絶頂を迎え、20歳で早くも行き詰まり、無期限の活動停止を発表。単独でアメリカに渡る。
 しかし、これといったものを見いだせないまま帰国。
 レコード会社を移ったり、結婚して長男が生まれと慌ただしい日々を送る中、覚醒剤で逮捕。
 この曲はそんな時期に生まれた曲だった。




『太陽の破片』

 覚醒剤事件の謹慎明けの22歳のとき、最初で最後のテレビ出演となったのがこの映像だ。

 ここまで歌を聴いて、映像を見ても、やっぱり結論は出ないままだ。
 何をどう思えばいいのかさえ、よく分からない。


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