大垣と周辺巡りの記録<後>

名所/旧跡/歴史(Historic Sites)
大垣巡り

 昨日の記事「大垣と周辺巡りの記録<前>」の続きで、今回は後編です。
 昨日も書いたように、この日の一番の目的は稲葉正成の痕跡を見つけたいというものだった。
 美濃十七条城で生まれたとされる稲葉正成は、37歳のときに十七条城の城主となり、付近一帯とあわせて1万石を領したとされる。
 なので、現地に行けば石碑の一つくらいは建っているだろうと思ったのだけど、まったくそんなものは見つけられなかった。
 昨日の記事の中で名前が分からないとした神社は、たぶん熊野社だ。その熊野社があるあたりに十七条城はあったといわれている。
 それにしても、あまりにも収穫がなさすぎたので、近くにあった神社などを巡ってみた。
 上の写真は若宮神社(地図)だ。
 様子からして古墳の上に神社が建っているように見えた。
 若くして亡くなったり不幸な死に方をした人を若宮として祀ることはよく行われたので、もしここが古墳だとすると、その被葬者を祀るための社かもしれない。



大垣巡り若宮神社




大垣巡り美江神社

 少し北へ行ったところに「中山道 美江寺宿(みえじじゅく)」ののぼりが立っていて、この通りが旧中山道だということが分かった。
 美江寺宿は中山道六十九次のうち55番目に当たる。
 鳥居は通り沿いにある美江神社(地図)だ。
 美江寺は奈良時代初期の717年創建という古い寺で、美江寺宿の名もそこから来ている。かつては美江寺村だった。
 美江寺は戦国時代の1549年、斎藤道三が稲葉山城を築城した際に、城の裏鬼門守護として稲葉山(現在の岐阜市)に移築された。
 美江神社があるのはその美江寺があったところとされるのだけど、平安時代の「美濃国神名帳」に「正六位上 美江明神」とあることから、奈良時代にはすでにあったと考えられる。美江寺の鎮守だったか、神社の方が先だったかもしれない。



大垣巡り美江寺宿

 旧街道の面影を少し残している。



大垣巡り美江神社境内




大垣巡り美江寺完納

 美江観音は美濃時代の織田信長が創建したと伝わる。



大垣巡り川風景




大垣巡り神明神社

 神明神社だけど、どこにあったのかは思い出せない。



大垣巡り神明神社の社




大垣巡り神明神社の本社

 次回はこの続きで、元伊勢のひとつ、天神神社(伊久良河宮跡)編をお送りします。


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