普通であってもなくても

言葉(words)
光の中のキバナコスモス

 普通を言い換えると不特定多数だ。
 それが絶対的な基準というわけではない。相対的に多いというだけだ。
 普通が正しいなどというのも間違った思い込みで、普通じゃないことが間違っているわけでもない。
 普通と平均はまた別物なのだけど、普通であることに安心したり普通じゃないことを不安に思うのも違う。
 自分らしくあることを大事にすべきで、普通かそうじゃないかは結果でしかなく、数の大小はさほど問題ではない。
 普通を肯定することも否定することもない。
 普通にそれほど価値があるわけでもない。
 普通であるとかないとかは本当にどうでもいいことなのだ。


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