ちょっと総理大臣の家まで行ってきましたと言える鳩山会館 - 現身日和 【うつせみびより】

ちょっと総理大臣の家まで行ってきましたと言える鳩山会館

PENTAX K100D+TAMRON SP 17-35mm(f2.8-4)



 鳩山一族と聞いて即座にピンと来る人はそれほど多くないかもしれない。私も最初、鳩山会館と聞いて、なんのこっちゃと思った。あの鳩山一郎の鳩山御殿じゃないかと言われても、どの鳩山だよと思う。
 よくよく考えてみると、戦後自由民主党(当時は自由党)の結成に尽力して、初代自民党党首で総理大臣になった鳩山一郎をよく知らなかった私にも問題がある。ただ、佐藤栄作や田中角栄ほどの知名度はない首相だから、私同様鳩山会館と聞いてすぐに鳩山一族を思い浮かばなかった人もたくさんいるに違いない。だいたい、会館という名前が紛らわしい。公会堂とか市民会館みたいなものを連想してしまいがちだ。
 調べてみると、その鳩山一族が暮らしていた洋館が一般公開されているという。元首相の家なんてのはそうそうお邪魔する機会もない。入れてもらえるものなら是非入れてもらおうではないかと、我々は庶民らしく自転車で鳩山邸に乗り付けた。
 立派な門をくぐったところで自転車を置き、そこからはふんぞり返ると後ろにひっくり返って転げ落ちそうなほどの急坂を登って玄関を目指す。丘の上にある家に行くには坂道と相場が決まっているにしてもこの坂はきつい。S字を描いていて、足腰と心臓の弱い人は登り切れずにあきらめて帰ってしまうかもしれない。
 道の両脇には桜の木が植えてある。春になるとここの桜が見事なのだそうだ。他にも木々や草が生い茂っていて、蚊がすごい。逃げるように坂道を登った。屋敷の中でも何ヶ所も蚊取り線香を焚いていた。

鳩山会館-2

 坂を登り切ると目の前に玄関がある。そこから入り口までは階段だ。赤絨毯も敷いてある。ややひるんで及び腰になっていると、入り口の扉が開き、上品な女性がいらっしゃいませと我々に声をかけてくれた。そこまでいったらもう引き返せない。2人分の入館料1,000円を払ってお邪魔させてもらうことになった。
 上を見上げると、鹿の顔と飛び立つ白鳩がいる。趣味の良し悪しは別にして、いかにもお金持ちのお屋敷アイテムだ。部屋の中に熊の毛皮が敷かれたりしてないだろうかと心配になる。いや、それは田舎の猟師の家か。お金持ちは虎の毛皮だろう。いずれにしても毛皮関係は勘弁して欲しいところだ(もちろんそんなものはなかった)。

鳩山会館-3

 入り口から入ってすぐ、いきなり部屋が3つ、つながって並んでいる。写真に写ってるのが第二応接室で、手前に第一応接室、奥には第三応接室(食堂兼用)となっている。この構造は不思議だ。かなり変わっている。一般公開用に扉が全部開け放たれているというのもあるのだろうけど、かなり開けっぴろげな印象を受けた。よく言えばオープンだし、逆に言えば密室感がなくて落ち着かない気がする。
 独立した一つの椅子は鳩山一郎愛用の椅子で、ここが定位置だったようだ。この応接室はしばしば政治の重要な会合に使われた場所で、大勢の政治家がこの部屋を訪れている。自由党結成の相談がなされたのもここだったし、日ソ国交回復の準備も行われたという。
 各界のVIPも訪れ、水原監督や川上繁も来ている。一郎の孫である前民主党代表の鳩山由紀夫が桜を見る会(観桜会)を毎年開いていて、政党を超えて土井たか子や志位和夫なども顔を揃えるそうだ。最近では麻生太郎も4月にこの部屋を訪ねている。向かって左手の椅子に座ってワインらしきものを飲んでいる写真を見た。背景に同じ時計が写っていたから間違いない。
 鳩山由紀夫の弟で、現職の法務大臣である鳩山邦夫も兄と共にこの家で育った。子供の頃は芝生広場で一緒に野球をやったそうだ。弟の方が学校の成績はよかったようで、今は紆余曲折を経て違う政党の政治家になった。アニキの方が変わり者だから、それほど負い目には感じてないのかもしれない。
 政治一家の始まりは、一郎の父親である和夫からだった。生まれは江戸時代の人だ。早くからアメリカへ渡った学問の人で、外務省、教授などを経て、34歳のときにはすでに現在の早稲田大学(東京専門学校)の学長にまでなっている。どれだけ優秀だったか知らないけど今ではちょっと考えられない若さだ。37歳のときに衆議院銀に当選して、39歳で衆議院議長となる。出世も早かったけど亡くなるのも55歳と早かった。
 一郎の息子であり由起夫、邦夫の父である威一郎も政治家で、外務大臣をつとめている。四代に渡って政治家を出し続けているわけだ。
 その次の第五世代はどうかというと、由起夫の息子は大学関係、邦夫の息子は東京都議会議員に一度当選して二度目で落選。さて、今後はどうなっていくことか。

鳩山会館-4

 シャンデリアにステンドグラスにサンルーム、お金持ち御用達アイテムが過不足なく揃っている。ただ、部屋自体はさほど広くもなく、調度品もこれ見よがしに豪華絢爛というわけではない。全体的な趣味もよく、嫌味なところがないて好感の持てるお金持ちの家だ。冷たい感じもないし、落ち着いた雰囲気も持っている。実際にここで家族が暮らしていたという温もりが残っているのだろう。
 一郎の死後、かなり老朽化が進んで取り壊しの話も出たそうだ。それでも結局は壊さずに一般公開を実現したのはありがたいことだった。ここは都や国の文化財指定を受けていない。今でも鳩山家の持ち家のままだ。当主は威一郎氏の妻で由紀夫、邦夫兄弟の母である安子さんとなっている。受付の人も鳩山家の人なのかもしれない。
 それにしてもこれは鳩山家は資産家だからできたことだ。平成7年に行われた大改修には6億5,000万かかったといわれている。民主党を結成したときの資金も大部分が鳩山家の資産から出たという話もある。それは由起夫が当然初代代表になるわけだ。由起夫さんいわく、オレは自転車に乗れるから庶民だそうだ。そんな金持ちの坊ちゃん育ちの庶民はいない。
 一般公開は平成8年から始まってるから、もう10年以上になる。1人500円ではいつになったら6億5,000万円を取り返せるのだろう。

 建物の設計は、一郎の親友であり、当時の日本を代表する建築家だった岡田信一郎がおこなった(丸ノ内の明治生命館が有名)。最初他の人に設計を頼んだら岡田がなんで自分に頼まないんだと怒ったそうだ。それであらためて岡田に頼んでこの洋館は完成した。謝礼は一切受け取らなかったという。
 音羽の丘の上に洋館ができたのが関東大震災の翌年大正15年だった。近所の人は音羽御殿と呼んだそうだ。
 外観はイギリス風で、鳩やミミズクをモチーフにした装飾や、アダムスタイルの応接室なども岡田信一郎が設計を担当している。いかにもハイカラな洋館というよりも、暮らす人のことをよく考えて作られていて、形式はけっこう崩れているという。親友の家を自分のための作品として作るつもりはなかったからだろう。
 海外の建築に憧れ、誰よりも海外様式に造詣が深かったといわれる岡田は、生涯一度も海外へ行くことはなかった。自分の目で実際に見なかったことが良い方に作用した部分もあったに違いない。それは、誰よりもニューヨークを愛し、誰よりもニューヨークに詳しかった植草甚一が実は一度もニューヨークへ行ったことがなかった(晩年に行くことになる)というエピソードに似ていて私は好きだ。

鳩山会館-5

 サンルームというのはとても贅沢な空間の使い方だけど、どの洋館へ行ってもやっぱりサンルームはいいよなぁと思う。悪いサンルームというのは見たことがない。太陽の光がふんだんに差し込む部屋というのは、人の気持ちを優しくもするし温かくもする。暗い家に住むのは精神的によくない。人工の光をいくら集めても太陽光にはかなわない。
 ここの屋敷は重要文化財とはではないので、マナーを守れば椅子に座ったり多少は触れたりしてもかまわない。サンルームでは無料のお茶マシーンが備え付けられていて、ここでくつろいで飲むこともできる。応接室のソファーはふんぞり返るにふさわしい座り心地だった。無印良品のソファーとはモノが違った。

鳩山会館-6

 建物は3階建てで、2階までは上がることができる。
 赤絨毯の階段は庶民の家にはないものだ。

鳩山会館-7

 踊り場には大きなステンドグラスがはめ込まれている。和風の絵柄というのはちょっと珍しい。五重塔らしきものはどこから出てきた発想だろうか。鳩山家だけに鳩もたくさん飛んでいる。
 実際、鳩山家は鳩を大事にしていて、いたるところで鳩のマークやオブジェなどがあった。かなり鳩が好きらしい。鳩サブレーとコラボレーションしたら何か作れそうだ。鳩の方は鳩山があまり好きではないのか、一羽も姿を見せなかった。庭が鳩だらけでもいいくらいだけど、鳩はフンで汚れるから、実際に鳩が来たら追い払ってる可能性はある。

鳩山会館-

 純和室もあって、母親か奥さんの部屋かと思ったら、改修のときにあらたに作ったものだった。洋館の中にあって独特の和空間としてすごく落ち着くなと感心したのに。
 ここは一応、一郎の妻である薫の記念室という扱いになっていて、ゆかりの品などが並べられていた。共立女子学園理事長などをつめて女子教育に尽力した人らしい。昭和41年には勲一等瑞宝章を授与されている。
 改修の際に他にもあちこち手が加えられていて、2階は完全にオリジナルの姿をとどめているわけではない。
 その他の部屋としては、一郎、威一郎の記念室があって、そちらは撮影禁止になっていた。成績表や持ち物などがいろいろ展示されていてちょっと面白かった。

鳩山会館-9

 この大広間も改修工事のとき作られたもののようだ。いくらハイカラ趣味でもこの空間は無駄に贅沢すぎる。首相といえどもダンスパーティーを頻繁に開いていたわけでもあるまい。
 現在ここは写真撮影やちょっとした催し物を開催するために借りることができるようになっている。結婚式もできるようだ。ただちょっと面白かったのは、ゴスロリやパンクファッションの人は入館が断られるというシステムだ。前に女性ファッション誌がゴスロリの似合う場所という特集記事を書いて、それを見たそっち系の人が大挙して押し寄せてトラブルになったことがあったんだそうだ。確かにここはそういうのが似合いそうだし、モメてる様子も想像できる気がする。
 この日は祝日で、そこそこ訪れる人がいた。見たところ10人か15人くらいだったろうか。昼過ぎには団体客もやって来るらしい。鳩山だけにはとバスで。いや、ホントにはとバスツアーに鳩山会館も組み込まれているので、ゆっくり見学したい場合は1時くらいは避けた方がいいかもしれない。
 月曜定休。最寄り駅は、地下鉄有楽町線の江戸川橋駅か、護国寺駅になる。どちらからいっても徒歩7、8分だろう。

 ゆっくり見させていただいたのでそろそろ帰ることにする。写真もたくさん撮った。撮った写真を一回では使い切れなかったので、もう一回鳩山会館写真が続く。
関連記事ページ
コメント
非公開コメント

トラックバック

https://utusemibiyori.com/tb.php/739-c0fd4fa3

DURALEX プリスム 220cc 6個セット

割れにくいグラスを探していて 購入しました。電子レンジにも使えます。 主婦としては、キチンと底まで綺麗に洗えるのでウレシイ大きさです。 プリズムの響きから、想像していたより、繊細さは足りないのと、少し重たいですが、丈夫なので こんなものかと思います。最近

2007-10-01 00:10 | from グラスをあなたに捧げます