佐屋街道の神守宿跡と穂歳神社

神社仏閣(Shrines and temples)
神守宿

 江戸時代、東海道の宮宿(熱田)と伊勢の桑名宿は七里の渡しと呼ばれる海路だった。東海道の海路はここだけだ。
 しかし、舟が苦手な人や海が荒れて舟が出せないときのために陸路も必要だということで整備されたのが佐屋街道だった。
 開設されたのは1634年で、幕府に公認されたのが1666年だった。
 しかし佐屋道自体は古く、日本武尊が歩いたという伝承が残るくらいなので、奈良、飛鳥時代を遡るのではないかと思う。

 今日紹介する神守宿(かもりしゅく)は、万場宿と佐屋宿との間が遠すぎるということで1647年に新設された間の宿(あいのしゅく)だ。
 本陣1軒、旅籠12軒と、規模は小さかった。
 神守というのはここが神守村だったことに由来するのだけど、神守の起源が気になるところだ。
 神を守るのか、神に守られるのか。
 もしくは、”かもり”という音が先で神守は当て字なのか。
 村には憶感神社(おっかんじんじゃ)と穂歳神社(ほうとしじんじゃ)があり、憶感神社は『延喜式』神名帳(927年)の論社とされる。
 従二位または正一位という記録があることからもかなり格の高い神社だったことが分かる。

 今回はまず、穂歳神社を紹介します。
 なお、写真は2018年2月に撮影したものです。



神守宿跡案内




神守宿跡風景

 おそらく旅籠だった建物だろう。かつての風情が少し残っている。



穂歳神社入り口




穂歳神社街道

 神社は街道沿いにある。
 江戸時代の旅人たちも大勢立ち寄ったことだろう。



穂歳神社拝殿




穂歳神社拝殿正面

 祭神は大歳神とされるも、詳しい由緒などは不明。
 ただ、この地区全体が尾張氏の関係だと思われるので、もともとの祭神はそっち関連かもしれない。



穂歳神社本社




穂歳神社




穂歳神社常明燈


【アクセス】
 名鉄津島線「青島駅」より徒歩約45分

 駐車場 なし


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