愛知県愛西市の日置八幡宮

神社仏閣(Shrines and temples)
日置八幡宮

 愛知県愛西市日置町にある日置八幡宮(地図)。
 訪れたのは2018年2月なのだけど、どういう流れで愛西市の神社に行ったのか覚えていない。写真を見ると、この後津島神社へ行っているから、西方面へ行った日の帰りに寄ったのだろう。

 日置町は2009年に”へきちょう”になる前は”ひきちょう”といっていたそうだ。
 日置というと、たいていは”ひおき”か”へき”で、”ひき”は珍しい。
『和名類聚抄』(938年頃)に海部郡日置郷とあるので、郷名としてかなり古いと思われる。
 神社名としては”へきはちまんぐう”となるのだろうけど、もともとは”ひきはちまんぐう”だったということだ。



日置八幡宮入り口




日置八幡宮扁額




日置八幡宮由緒書

 由緒書を読むと、もとは若宮八幡だったことが分かる。
『吾妻鏡』に、1187年(文治3年)10月26日に源頼朝が若宮八幡宮社に寄進したという記事があり、その中に尾張国日置領が含まれている。
 由緒書には1181年に創建したとあるのだけど、頼朝が若宮八幡宮社に寄進した話と連動しているのかどうかがはっきりしない。
 説明には1181年に頼朝が日置荘園を左女牛八幡宮(若宮八幡宮社)に寄進した縁で若宮八幡を勧請したと書いているけど、1181年といえば頼朝は板東平定に忙しかった時期で武蔵国あたりにいたので、尾張国の荘園を京都の神社に寄進するなどということは不可能だ。そもそもそんな権利はない。
『吾妻鏡』にあるように1187年なら分かる。1185年に守護と地頭を置く権利を後白河法皇から得ているので、尾張国にも権力が及んでいたということだろう。

 詳しい歴史はいずれまた。



日置八幡宮境内と社殿

 なんか吹き抜け感が強くて古い時代の空気をとどめていない。
 なんとなくお寺っぽくもある。
 建物が全体的に新しいこともあるだろうけど、この神社は本当に元からこの場所にあったのだろうかとちょっと疑ってしまう。



日置八幡宮賽銭箱




日置八幡宮拝殿内




大聖院

 隣接する大聖院。
 八幡はこの大聖院の敷地に間借りするような格好になっている。


【アクセス】
 名鉄尾西線「日比野駅」より徒歩約7分

 駐車場 不明


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