腰砕けの伊勢うどんは美味しいようなそうでもないような美味しさ - 現身日和 【うつせみびより】

腰砕けの伊勢うどんは美味しいようなそうでもないような美味しさ

おかげ横丁

 お伊勢参りに行ったら当然、名物伊勢うどんは食べておくべきだろうということで、昼食はおかげ横丁の中にある「うどん ふくすけ」に入ることにした。
 ここは江戸時代に美味しい伊勢うどんを食べさせると評判だった「豆腐六(どぶろく)」を再現した店だそうだ。なるほど、言われてみれば素朴な風情があってなかなか悪くない。座ってる人がみんな着物を着ていたとしても違和感はなさそうだ。店内の座敷ではなく、ここは雰囲気重視で外にした。どっちにしてもエアコンが効いてるような店ではないので夏は暑く、冬は寒い。そのあたりも江戸時代の気分を味わえるといえるかもしれない。
 それにしても待っても待ってもなかなか出てこない。確かにほぼ満席のような状態ではあるにしても、うどんにそんなに時間がかかるものだろうか。10分、15分、20分、もしかして忘れられてるんじゃないかと心配になった頃、ようやく私たちの番号札が呼ばれた。ここでも赤福と同じ番号呼び出しシステムを取っている。番号は順番ではなく、ひどく飛び飛びなのも意味が分からない。待ち時間が予測できないから、せめて番号は順番にして欲しいぞ。
 あとから分かったことだけど、通常のうどんが強火で15分くらいのゆで時間なのに対して、伊勢うどんは40分から1時間も煮るそうなのだ。それも煮っぱなしではなく、始め弱火で途中強火にしてまた弱火にするという手間をかけているということだから、それは時間がかかるはずだ。厨房では料理人が交代なしに朝から晩までうどんをゆでているのだろうか。だとしたら、それはある種、釜ゆでの刑に近い。ちょっとしたシジフォスみたいだ。



伊勢うどんが到着

 初めての伊勢うどんだから、本来なら一番ノーマルなものを食べるべきだったのだろうけど、あまりの暑さに熱いものは食べたくなかったので、冷やし伊勢うどんにした。通常のものが450円で、冷やしになると550円だったか。冷やす手間で100円アップなのか?
 腰がないとか極太麺とか、いろいろ評判は聞いていた。実際食べてみたところ、とても微妙な感じだった。確かに腰はない。固いということはなくて、柔らかいのだけど単に延びたとかそういう状態でもなく、もごもごした感じとでも言おうか。まずくはないけど、普通のうどんに比べて特別美味しい麺だとは思わなかった。少し粉っぽいのも気になった。
 つゆは店によってずいぶん違うようだ。ここのものは、たまり醤油に昆布と鰹節のダシが効いていて、甘さはやや控えめだろうか。見た目の真っ黒さとは裏腹に、くどくはない。やや濃い目ながらも塩辛くないから、むしろあっさりしてる。そばのように上品に麺の下の方だけつけてなんて食べ方では味がしない。つゆの中に麺を泳がせるくらいでちょうどいい。温かいうどんにかけるのとは少し味付けが違っているのかもしれない。
 それにしてもこれは今まで味わったことのない不思議な食感だ。何かに似てるような気がするけど、なんだろう。けど、食べているうちに最初の違和感はだんだん消えて、最後の方は妙に馴染んでくるから面白い。そのときすでに、これはもう一度食べてみないといけないだろうなという予感めいたものを感じたくらいだった。第一印象はよくなくても、もしかしたらあとから好きになるかもしれないと思ってしまうあの感覚だ。これがやみつきになってしまう人の気持ちが分かる気がした。



岡田屋外観

 これはおはらい町にある有名店「岡田屋」だ。ここで食べようと思っていたのだけど、待ち人がいたのでやめておいた。あの待ち時間を考えると正解だっただろう。伊勢うどんというのはうどん屋の中では最も回転が悪いんじゃないだろうか。これは駅のホームでは流行らない。乗り換えのわずかな時間を利用しては食べられそうにない。
 でも、伊勢うどんというのは元々、大挙して押し寄せる伊勢神宮のおかげ参りの参拝客に出すためのファーストフードのようなものだったと言われている。常に釜の中に煮込んでおいて、大量の客を次々にさばくためのものだったはずだ。そのための極太麺だったのだから。いつからこんなに時間のかかるものになってしまったんだろう。あのときはたまたま客が多すぎただけだろうか。
 伊勢うどんの原型は江戸時代以前からあったと言われている。伊勢の地ではあまり米がとれなかったものだから、農民は代わりにうどんを食べていた。当時は素うどんと呼ばれていて、ゆでたうどんに、地味噌を作るときにできるたまり醤油を少しかけて食べていたという。
 江戸時代になって参拝客が増え、このうどんに目を付けた橋本屋七代目の小倉小兵が、食べやすいように鰹節などのだし汁をかけたものを参拝客に出したのが伊勢うどん店の始まりとされている。
 伊勢うどんという呼び名がブランドとなったのはつい最近、昭和40年代以降のことだそうだ。それまでは、伊勢の人は自分たちのうどんが普通のうどんと思っていて、他のうどんと違うものだとはあまり意識してなかったらしい。名古屋人としてもそういうものはたくさんあるから、その感覚は理解できる。決してぼんやりしていたわけではない。
 現在はすっかり伊勢名物として定着して、三重県内ではたいて食べることができるし、スーパーなどでも普通にパックのものが売られている。高速のサービスエリアにも置いてある。伊勢の家庭でもよく食べられているそうだ。



二光堂支店外観

 こちらは、おはらい町にある「二光堂支店」という店だ。
 伊勢市内には伊勢うどんを食べさせる店が100軒ほどあると言われている。ただ、普通の食事処で出てくるうどんも伊勢うどんだから、この店舗数は少し大げさな気がする。専門店としては40、50軒くらいのようだ。
 遠くから伊勢を訪れて一回勝負なら、おはらい町やおかげ横丁でついでに済ますというのはおすすめしない。せっかくなら美味しいと評判の店で食べておいた方が悔いが残らない。多くの店が外宮のある伊勢市駅周辺に固まってるから内宮からは遠くなってしまうのだけど、時間さえあればあえてそこまで食べに行く価値はあると思う。有名な「山口屋」や「まめや」あたりならはずさないだろう。
 伊勢うどんは店によってかなり差があるから、最初に食べたところで美味しくなかったとしても、それですべてを判断することはできない。たれによってまったく印象も違ってくるそうだから。



店売り伊勢うどん

 もう一度食べたくなるんじゃないかという予感は当たった。名古屋に帰ってきてから私は伊勢うどんを求めてさまようことになる。しかしこれがなかなかない。大きなスーパーにも置いてなくて見つけるのに苦労した。三重県ではコンビニでさえ買えるのに、隣の名古屋ではまったく見かけないとは。問屋スーパーでやっと発見した。
 四日市の「坂崎製麺」というところのもので(伊勢じゃないじゃん)、お湯で3分煮て、たれをかければできあがりという手間のかからないものだ。生卵を落として、ネギと一味唐辛子を振ってみた。
 では、さっそく食べてみよう。温かいタイプは初めてだ。どれどれ。ん? 旨いな。おかしいぞ。もう一口。これは明らかに美味しい。「ふくすけ」で食べたよりも数段美味しいではないか。一体どうしたことだ。冷やしと温かいものの違いはあるにしても、麺が全然違う。こちらはツルツル麺で歯ごたえものどごしもとてもいい。伊勢で食べたようなもごもご感や粉っぽさはない。こりゃ、美味しいや。
 考えるに、こういう市販のものだから一般に広く受けるように普通のうどん寄りの作りになっているというのがあるのだろう。美味しく感じられたのは慣れた食感だったからだ。伊勢の店で出しているのが本式な伊勢うどんに違いない。でもそうなると、伊勢うどんは一般のうどんに負けているということになる。好みの問題といえばそうなのだろうけど。
 これはもう少し伊勢うどんを追求してみる必要がありそうだ。伊勢の有名店で食べてみないことには始まらない。おはらい町などにある店はあまり評価が高くないというのもあるから、美味しいところで食べたらまた違った印象となるだろうか。もう一度伊勢まで行くことはなかなかないにしても、三重県自体は盆暮れに行くから、そんとき仕入れるか現地で食べてみよう。
 最近はネットのお取り寄せもあるから、興味を持った方はぜひ一度食べてみてください。ここには讃岐うどんの対極としてうどんの一つの答えがある。伊勢うどんは、腰砕けで泳ぎながら打った打球が風に乗ってホームランになってしまったような愉快なうどんなのだ。
 
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