おかげさまでおはらい町で念願の赤福氷を食べることができました - 現身日和 【うつせみびより】

おかげさまでおはらい町で念願の赤福氷を食べることができました

おはらい町-1

PENTAX K100D+smc PENTAX-DA 18-55mm f3.5-5.6 AL



 伊勢神宮参拝を終えたら次に向かうのは、「おはらい町」だ。江戸時代のおかげ参りによって発達した内宮の門前町で、今もなお大勢の参拝客を出迎えて賑わっている。
 おはらい町の名は、かつて御師(おんし)と呼ばれる人たちが(参拝客をもてなす役割を持った下級の神職)、自分の屋敷に泊まった客におはらい(お札)をさずけたところから来ているそうだ。この御師たちは全国を回って伊勢神宮を宣伝した伊勢神宮ブームの仕掛け人でもあるといわれている。御師の館は現存しておらず、2ヶ所の門だけが残されている。
 昭和の終わり頃のおはらい町は、さびれにさびれて気の毒なほどだったという。現在は年間600万人の参拝者のうち400万人もの人がおはらい町に寄っていくといわれているけど、一時は年間12万人まで落ち込んだ。単純計算して1日330人。土日に集中するから平日などは閑散とした状況だったのだろう。車や観光バスでやって来る人が増えて、参拝者がおはらい町まで流れていかなくなったのが原因だった。
 このままじゃまずいと町の有志が集まり、町並み保存会が結成されて立て直しが図られたのが平成元年(1989年)のことだった。赤福本店も一役買い、古い家屋を改修し、道を石畳に変え、電信柱を地下に埋めるなどして、再び人を呼び寄せるための町作りを進めていった。平成5年(1993年)には赤福本店が出資した「おかげ横丁」もでき、おはらい町は一気に息を吹き返すことになる。

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 約800メートルの参道には、江戸時代に建てられた切妻、入母屋、妻入り様式の伊勢伝統の建物、飲食店、みやげ物屋、旅館などが建ち並び、往事の面影を今に伝えている。明治時代までは、宇治橋を渡った神苑の中にまでこれらの家並みが続いていたそうだ。
 妻入り様式の家が多いのは、伊勢神宮が平入りのため、同じにするのは畏れ多いということでそうなったといわれている。
 天候のいいときにぶらぶら歩いたら楽しいだろうなと思いつつ、暑さにやられた我々は日陰を選びながらよろめくようにそぞろ歩きをした。伊勢の夏は思いのほか暑かった。

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 これが有名な「赤福本店」だ。子供の頃連れられてきて、ここで赤福を食べてるはずだけど、かすかな記憶しかない。当時はこんなレトロチックな建物じゃなかったように思う。ロケーション的にもこんなところだったかなぁと思いつつ、はっきりとは思い出せなかった。
 今回のお伊勢参りの大きな目的の一つとして、「赤福」で夏季限定の赤福氷を食べるというのがあった。それは後回しにして別の場所で食べたのだけど、この本店の向かいにある別店でも食べることができる。赤福本店では作りたての赤福餅がいただける(3個230円+お茶)。できたてはやはり格別なものがある。
 創業は1707年。ちょうど300年の歴史を持つ。馬鹿の一つ覚えのように頑なにこれを作り続けてきた。いや、けなしてるんじゃなくて誉めてるのだ。そのぶれない一途さがすごい。
 赤福の名は、真心を尽くすことで素直に他人の幸せを喜ぶことができるという意味の赤心慶福(せきしんけいふく)という言葉から来ている。ここは企業としても優等生で、地元でも尊敬されている。ただ長い歴史の上にあぐらをかいて威張っているような老舗ではない。赤心というのも言葉だけでないことを感じる。
 かつては三重県でしか販売しないというご当地みやげとして誇り高く販売してたけど、時代の波には勝てず、最近では東海地方から関西にかけての駅、サービスエリア、百貨店などでも売られるようになった。ただ、それ以上広げるつもりはないようで、関東などではふいに食べたくなってもなかなか手に入らない。この戦略は正しいと思う。いつでもどこでも買えてしまえば、ありがたみがなくなってしまうし、おみやげという本来の意義も失ってしまうから。
 赤福のもう一つの楽しみとして、毎月1日にだけ販売される朔日餅(ついたちもち)がある。これを求めて人々が早朝から並んで買うという人気商品だ。以前は朝の4時から長蛇の列ができていた。今は整理券を3時半に配っている(百貨店などの直営店でも売り出す)。これを買いに来たお客を目当てに朝市が開かれたり、早朝営業する店もある。

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 赤福本店の前がおかげ横丁の入り口だ。おはらい町とおかげ横丁の関係性が今ひとつよく分からないまま行ったのだけど、行ってみてやっと分かった。おはらい町というのは昔ながらの参道の門前町のことでで、おかげ横丁というのは江戸の街並みを再現したミニタウンのような一角を指す。
 赤福本店がおはらい町復活の起爆剤として、140億円を投資して作ったのがおかげ横丁だ。この場所で300年近くも商売を続けられたのはお伊勢さんのおかげというのと、江戸時代のおかげ参りをひっかけて名付けられた。
 2,700坪の敷地内には、伊勢を代表する建築物を移築、再現して、20数件の商店が並んでいる。入場料は無料だ。
 おかげ座と名付けられたミュージアムだけは有料で(普段は600円で、夏休みは300円?)、芝居小屋風になっていて、からくり人形と映像などで当時のお伊勢参りの様子を勉強できるようになっている。私たちは飛ばした。
 実際のところ、このおかげ横丁が有名になったことでおはらい町に人が寄るようになり、おかげ横丁へ行きたいから伊勢神宮も参るという人が増えたことは間違いない。赤福の巨額の投資も、長い目で見れば無駄ではなかった。損して得取れとはこういうことをいうのだろう。赤福の店も客をさばききれないくらい人があふれていた。

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 頭の上にすだれが渡されていて、この通りは涼しかった。狭い路地だからできることだけど、これも生活の知恵だ。差し込む光とすだれが作る影も涼しげだった。
 氷で冷やされたキュウリ一本丸ごと売られていたのだけは個人的にやめて欲しかった。キュウリは私の天敵なのだ。あんなもの、お金積まれても食べられないぞ。

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 招き猫専門店の「吉兆 招福亭」というのもあった。店内は1,000体以上の招き猫がぎっしり並んでいる。適当な値段のものがあれば買ってもいいかと思ったけど、こういうものは割高感が強い。招き猫の置物はチビでもけっこう高い。自分で作った方が安くて愛着も湧くというものだ。うちにはすでに先住猫の土鈴招き猫もいるし、何も買わずに出てきた。
 おかげ横丁では、来る福招き猫まつりというのが毎年行われていて、いろんな招き猫が全国から集められたり、招き猫神輿や招き猫踊りなんかもあるそうだ。特別ゲストにゆうこりんでも呼んだらその筋の人たちが大勢訪れるに違いない。

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 作られたレトロではあるけど、いろんなところで懐かしさを覚える仕掛けが施されている。瓶牛乳、瓶コーヒー牛乳、ラムネなども売られていた。おなかに余裕があれば久々に瓶コーヒー牛乳を飲んでみたかったのだけど、すでに伊勢うどんを食べて、このあと赤福氷が控えていたので、ここは見送った。他にも名物の牛肉コロッケなどもあり、食いしん坊にはたまらない場所だ。

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 最後は戻ってきて、入り口近くの赤福内宮前支店で赤福氷を食べることにした。ここも大賑わいで、けっこう待たされることになる。15分くらい待っただろうか。店内では必死に氷をかいていたのだろう。一日中機械から出てくる氷を皿に受ける仕事というのは想像するとなかなかつらそうだ。それとも最近はもっと機械化されているのだろうか。
 赤福氷は、五十鈴川店、おかげ横町内の団五郎茶屋の他、二見支店、二見プラザ店、鳥羽支店などでも食べることができる。それだけでなく、名古屋でも食べられることを知ってちょっとがっかりしてしまった。松坂屋本店や高島屋の地下でも出しているそうだ。でも、そこで食べるのと伊勢で食べるのとでは、やっぱり気分が全然違う。ここで食べられて嬉しかった。

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 注文して料金先払いで番号札をもらう。席に座って待っていると、お姉さんとおばさまが氷を持ってきて番号札を呼び上げるというシステムだ。しかし、これはかなり無駄が多く、番号も順番通りじゃないから、ちょっとイラっとくるし、必要以上に待ち時間が長くなる。特に風情のある方式でもないし、ここはもっと効率よく客をさばく方が客にとっても店にとってもいいと思うけどどうなんだろう。むしろ、列を作って出来上がるそばから持っていった方がずっと早い。
 それはともかくとして、初めて食べる赤福氷は格別の美味しさだった。この日はとびきり暑かったこともあって、氷が一気に体温を下げてくれた。抹茶シロップがかかったかき氷の中には赤福が2個入っている。けっこうボリュームがあるから、食後のデザートには少し厳しいかもしれない。500円というと高い感じだけど、赤福2つ入ってることを考えると、かき氷自体は300円を切ってるから安い。
 5月から9月までの夏季限定なので、暑いときに行ったときはぜひこれを食べて欲しい。冬季限定としては、赤福の餅と餡を使ったぜんざいがある。これもぜひ食べてみなければなるまい。これを食べるためだけに伊勢に行くのはちょっとつらいので、名古屋駅で食べることにしよう。

 おはらい町やおかげ横丁という楽しみができたからこそ伊勢神宮の客層が若返っていたのだろう。お伊勢参りだけでは観光としては弱くても、おかげ横丁まで絡めれば観光として充分成立する。相乗効果で訪れる人が増えたことは喜ばしいことだ。
 私たちも伊勢神宮参拝とおはらい町散策を充分堪能させてもらった。伊勢うどんも食べたし(そのうちネタにする予定)、念願の赤福氷も食べることができた。おはらい町とおかげ横丁の区別もつくようになった。お伊勢参りのことも、今度はもう死ぬまで忘れないだろう。行ったか行ってないか分からないようなあやふやな思い出じゃなく、しっかり記憶に刻まれた。あの日の暑さとともに。
 とてもいいお伊勢参りだった。伊勢神宮と伊勢の人々とツレに感謝したい。おかげさまでした。ありがとう。
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