
私は同権には賛同するけど、平等には賛同しない。
平等などということは金輪際あり得ないことだからだ。
たとえば男女平等なんて、残酷すぎる話だ。
単純に男は子供を産めないし、平等というならスポーツでも同条件でやらないといけないし、女性も徴兵で戦争に参加しなければいけないといった論理が成り立つことになる。女性が化粧をやめるか、男性が化粧をするかしないと平等ではない。
忘れてはいけないのは、権利を得るということは代わりに義務も負うということだ。弱者も強者と同じように義務を果たせといわれてその通りできるだろうか。
平等が残酷というのはそういうことだ。
誤解のないようにもう一度いうと、同権には賛成だしそうあるべきだと思う。人種だとか生まれだとかそういったことで不利益を受けることは正しいことではない。
多くの人たちの考え方が間違っていると思うのだけど、同じようになることを目指すのではなく、個性は個性として、違いは違いとして互いに認め合い、調和を目指すという方向で考えるべきではないのか。皆が同じようになる必要はない。
男女にしても、人種にしても、性的なことにしてもそうだ。
国同士でどちらが正しいとか主張し合っても意味がないし、国境をなくして世界をひとつにすることなんてできない。
我々はいかにして良い調和を奏でるかを考えなくてはいけない。
目指すべきはひとつに溶け合う融合ではないのだ。
日本が中世に知恵を絞って生み出した神仏習合の思想というのはひとつのお手本となる。あれは神と仏を混ぜることではなく共存させるということだった。
その流れは今につながっているし、日本は世界に向けて範を示すことができる。別々の宗教さえ相容れないということはないのだということを示せる国は日本くらいしかないのではないか。
多様性が言われるようになって久しい現代においても、その実現には至っていない。ただ、向かうべき道は間違っていない。
まずは他者をよく知ることから始めなければならない。そして、違いを認め、個を尊重し合う関係性を築ければ、ある種の平等といったものが実現できるのではないかと私は思う。