
思い出し供養をかれこれ2年くらい続けている。
家には仏壇もないし、親族の墓は遠くてめったに行けない。何か代わりにできないかと考えて思いついたのがそれだった。
まったく大げさなものではなくて、これまでに亡くなった身内や友人などの名前を順番に心の中で言っていくというものだ。
じんちゃん、ばあちゃん、ひいばあちゃん、みたいに。
手を合わせることもしないし、そもそも習慣的に掃除機を掛けながらやっている。
効果はまったく定かではないし、自分の得になるとも思えないのだけど、何もしないよりましだろうと毎日続けている。
人は生きている人の記憶から消えたときに二度目の死を迎えるといわれる。確かにそうかもしれない。
逆に言えば、誰かひとりでも覚えてさえいれば二度死んでいないということになるのではないか。
死んだ人たちがあの世に存在しているかどうかは分からない。もしどこかにいるとすれば、ほんの細い糸でもこの世とつながっていることに意味があるようにも思う。その糸をどうするかは向こうにいる人たちの問題だ。
私はこの世とあの世をつなぐ細い糸をこれからも手放さないつもりでいる。
たとえそれが無意味な自己満足に過ぎないとしてもかまわない。
仏壇や墓参りよりずっと手軽でお金も時間もかからないから損はしない。
思い出し供養を始めてから何かいいことがあったかというと、特に実感はない。