日比谷松本楼で食べたハイカラビーフカレーはノルタルジックな味がした

東京(Tokyo)
松本楼-1

PENTAX istDS+smc PENTAX-DA 18-50mm(f3.5-5.6 AL), f9.0 1/100s(絞り優先)



 明治36年(1903年)、本多静六博士設計の元、日本初の洋式公園として日比谷公園が誕生した。そのとき同時に作られたのが、レストラン松本楼(まつもとろう)だった。オーナーは小坂梅吉。マンサード屋根の3階建ての洒落た店はたちまち評判となったという。当時、銀座あたりで着飾って遊んでいたモボやモガたちがこぞって訪れて、松本楼でカレーライスを食べてコーヒーを飲むのがハイカラとされたんだそうだ。モボやモガなんていっても今どきの人は分からないと思うけど、モダンボーイ、モダンガールの略だ。モダンという言葉自体使われなくなったけど。BGはいつからOLとなったんだっけ(BGはビジネスガールの略)。
 100年以上経った今も、松本楼は変わらず日比谷で営業を続けている。途中にいろいろなことがあっても存続することが大事だ。100年の歴史を持った洋食屋というのはそう多くはない。
 全国の100ヶ所選定された「恋人たちの聖地」でもある。非婚少子化対策は出会いの場作りからという趣旨で始まった恋人の聖地プロジェクトで、東京では最初にここ松本楼が選ばれた。どういう選定基準かよく分からないけど、レストランが「愛を誓いプロポーズをするのにふさわしい観光スポット」といわれもちょっと戸惑う。名物のカレーを食べながら、オレのためにカレーを作ってくれと言われても女の人は何のことだかピンと来ないだろう。夜明けのコーヒーを飲む時間には営業してないし。東京では他に六本木ヒルズ展望台とお台場ヴィーナスフォートが選ばれているけど、どちらもプロポーズの場所としてはどうなんだと思う。もっと他にもふさわしいところがたくさんあるだろうに。
 それはともかくとして松本楼だ。老舗洋食屋のカレーが食べたいということで、我々はやや及び腰でおっかなびっくり松本楼へ近づいていったのだった。

松本楼-2

 しかし、休みの日の昼下がりということで、入口からも待ち人があふれている状態に私たちは恐れをなした。大混雑。こりゃいけない。こんなに大人気だとは知らなかった。恐れ入りましたとばかりにすごすごと退散する我々。顔を洗って出直します。
 あとから知ったところによると、休みの日はいつもこんな調子なんだそうだ。平日は平日で付近の勤め人で行列ができるという。ランチタイムは予約ができないから、昼に食べたければ並ぶしかない。もしくは、少し時間をずらすか。

松本楼-3

 午後になって帰り際に様子を見にいったところ、行列は解消されていた。でも、店内に数人待ち人がいたので、やはりお昼時はどうしても並ばないといけないようだ。名古屋なんかでは昼に並んでまで食べるというのは考えられないのだけど、東京の人は並ぶのが当たり前となっていて、平気で並んでいる。人が多くて仕方がないとはいえ、その光景にはいつも感心する。
 1階がグリルになっていて、単品の洋食メニューなどはここで食べたり飲んだりする。外のオープンテラス席との行き来も自由なので、天気のいいときは外で緑に囲まれて食べると気持ちがよさそうだ。雅子さんも外務省勤めのときはここのテラスでハヤシライスなんかを食べていたんだとか。その頃のことを今では懐かしく思ってるだろうか。
 2階は宴会場と披露宴会場になっていて、3階は本格フランス料理の「ボア・ド・ブローニュ」になっている。こちらは高くて庶民向きではない。1階のグリルでも、3,500円からディナーコースがあるので、ちょっとした贅沢気分を味わうことができるから、中流階級はこちらだ。私もお金持ちになったら、3階の窓際の席でワイングラスをゆすりながら、テラスで庶民がカレーを食っているのとフッととか言いながら見下ろしてやろう。

 松本楼は老舗の洋食屋ということで、大勢の有名人も訪れている。たとえば中国革命の孫文などもそのひとりで、日本に亡命していたときにここを訪れていたというエピソードも残っている。奥さんの宋慶齢(そうけいれい)は、いわゆる「宋家の三姉妹」の次女で(妹は蒋介石夫人の宋美齢)、彼女の弾いていたピアノが1階のロビーに展示されていたりもする。これはヤマハピアノの第一号機で、現存する2台のうちの1台なんだそうだ。
 高村光太郎は『智恵子抄』の中で、「松本楼の庭前に氷菓を味へば 人はみな、いみじき事の噂に眉ひそめ かすかに耳なれたる鈴の音す」と書いた。
 夏目漱石の『野分』には「公園の真中の西洋料理屋」として登場してるし、太宰治の『善蔵を思う』でも「宴会の場所は、日比谷公園の中の、有名な西洋料理屋である。午後五時半と指定されていたのであるが、途中バスの聯絡が悪くて、私は六時すぎに到着した。」とある。
 みんな来てたんだねと思うと、初めて訪れたところなのにひどく懐かしいような気持ちになってくる。ああ、松本楼、と。

松本楼-4

 結局私たちは日を改めて夜に出直すことにしたの。ディナーでカレーを食べる客がいるのかどうか不安を感じつつ。
 夜は昼間の喧噪が嘘のように静かだった。逆にお客が少なすぎて及び腰になるほどに。店内は全部で5組くらいだっただろうか。たまたまこの日がそうだったのか、夜はこんなものなのだろうか。
 ビシッとしたウエイターさんに案内されて窓際の席についた。このあたりの立ち居振る舞いは、ちょっとしたレストラン並みだ。バイトの兄ちゃんとは違う。テラスにしようかと思ったのだけど、このときは肌寒かったのでやめておいた。震えながらカレーを食べるってのもなんだし、夜の公園を見ながらディナーってのもちょっと怖いような気もして。
 店内の雰囲気は決して堅苦しいものではなく、昔ながらの洋食屋さんという感じで、しばらくしたらすぐに馴染んだ。昔のデパートのレストランの高級版といったところだろうか。正装して構えて行くようなところではなくて安心した。
 メニューはいろいろと洋食が揃っていて迷うところではあるのだけど、初松本楼ということで基本に忠実にハイカラビーフカレーとハヤシライスを頼んだ。どちらも1,000円以内と、老舗洋食屋さんとしてはかなり安い。
 100周年を記念して期間限定でメニューに加わった、夏目漱石が愛したシャリピアン・ステーキや、智恵子と光太郎のアイスクリームはもう食べられないのだろうか。
 毎年9月25日の10円チャリティーカレーの日も有名だ。先着1,500名は10円でカレーが食べられるということで朝っぱらから大勢並ぶという。昭和46年(1971年)、沖縄返還協定反対の過激派グループが投げた火炎瓶で松本楼は全焼したことがあった。2年後の9月25日、全国の励ましにこたえて再オープンしたのを記念して、毎年10円カレーを続けているそうだ。売上げは寄付されるとか。

松本楼-5

 カレーはさすがに家庭のものとは全然違って、高級な味がした。といっても変に気取った味とはではなく、洋食屋さんらしいカレーで好感が持てる。辛さ控え目で、これなら子供でも大丈夫だ。かつてはハイカラだった味も、今ではノスタルジックな味となった。
 ハヤシライスも久しぶりに食べたけど、甘くて美味しかった。カレーもいいけどハヤシもね、というCMを思い出す。
 大食いの人はこれくらいじゃ物足りないだろうけど、私にはちょうどよかった。次はもうひとつの名物であるオムライスを食べてみよう。

松本楼-6

 夜の日比谷公園は思いのほか真っ暗で、かなり怖いところだった。昼間の賑わいが嘘のようにひとけがなくなって、都会の真ん中とは思えないくらい暗い。そんな闇の中で浮かび上がる松本楼は、不夜城という言葉を思わせるような存在感を示している。昔は何時まで営業していたのか知らないけど、公園の真ん中のレストランというシチュエーションは、考えてみると夜は怖いところだ。通りに面しているところなら車通りがあるし、路地でも街灯くらいはある。公園にはそれさえなくて、松本楼を訪れる以外には夜の日比谷公園には行きたくないと思った。暗さゆえに違う意味で訪れる人もきっと大勢いるんだろうけど。
 松本楼が恋人の聖地にふさわしいかどうかは別として、かなり気に入ったことは間違いない。もうおっかなびっくり行くことはない。次は昼に行って、テラス席でちょっと優雅なひとときを過ごしてみたい。平日の昼休みが終わった時間帯ならそれほど並ばずに入れるだろう。ランチも食べてみたいところだ。松本楼3階への道のりは遠くとも、いつかきっと行こう。毎月500円くらい松本楼貯金をして。
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コメント
  • きになる
    2007/06/14 18:55
    きになるなぁ~~ここまで書かれるとwww

    なんか、懐の広さというかなんというか、やさしさを感じずにはいられない松本楼

    むかし、仕事であのあたりをうろうろしていた時は、そりゃぁ10円カレーの行列に驚いたもんです

    食べたことないけど

  • ぜひ10円カレーの日に
    2007/06/15 04:29
    ★ただときさん

     こんにちは。
     松本楼は、行く前はちょっとビビってたんだけど、行ってみたらそんな高尚な気取った老舗洋食レストランじゃなくてよかったです。
     夕飯にカレーを頼んでるのも私たちだけじゃなかったし。
     ひとりで行くのはやや抵抗があるけど、昼間ならひとりでも大丈夫かな。
     カレーはさすがに美味しかったですよ。チェーン店や学食のカレーとは次元が違います(笑)。
     ただときさんもぜひ、と言いたいところなんだけど、カレーを食べるためだけに日比谷まで行くのは贅沢ですよねー。はは。
     10円カレーの日に行って、電車賃を浮かすとか?(笑)
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