
OLYMPUS E-1+SIGMA 18-50mm(f3.5-5.6 DC), f3.5, 1/10s(絞り優先)
近年、名古屋めしという言葉が一般的なものとなり、名古屋名物の全国的な知名度も上がって久しい。ひつまぶし、きしめん、味噌煮込みうどん、手羽先、天むすなどは、食べたことはなくても知っているという人は多いと思う。しかし、名古屋では浸透していながら全国にはまだ知られていない名古屋めしも存在している。その代表が「あんかけスパ」だ。
あんかけスパって何? という人がおそらくほとんどだろう。名古屋人ならみんな知っている。けど、名古屋人でも食べたことがないという人が多い、ちょっと特殊な位置にいるのがあんかけスパというやつだ。
実は私もこれまで一度も食べたことがなかった。あんかけということは、あの餡なのだろう。中華の八宝菜とかにかかってる、あのドロッとした感じのもの。名古屋以外の人は、あんと聞いて漉し餡とかのあんこを想像したかもしれない。いくら名古屋人が変な食べ物好きといっても、パスタにあんこはかけない。トーストに小倉餡を乗せる小倉トーストはあるけど、それとこれは話が別だ。
名古屋人のあんかけスパ体験率はどれくらいなのだろう。半分はいってないだろうか。ある意味キワモノめいた存在で、笑い話のネタになることが意外と多かったりするから、そんなものと思って食べようとしない名古屋人もけっこういるんじゃないだろうか。
あんかけスパが一般的なものとなったのは割と最近の印象がある。ここ数年とはいかないまでも、よく話題になるようになったのはここ10年以内のことだ。けれど、その誕生は意外に古く、昭和38年(1963年)に登場したというから、もう40年以上の歴史があるということになる。
「ヨコイ」の社長だった山岡博という人が、イタリアナポリ地方のスパゲティーソースをヒントに作ったミートソーススパゲティが、その後あんかけスパと呼ばれるようになって広まっていったとされている(「スパゲッティハウス そ~れ」も老舗を名乗っている)。
特徴は、あんかけの名の通り、餡のとろりとしたソースと、太麺だ。とろりといっても八宝菜のようなドロリとまではい。スープスパと普通のソースの中間くらいだ。「ヨコイ」の麺は特に太麺で、通常の1.7mmに対して2.2mmというから完全にスパゲトーニだ(2mm以下をスパゲッティといい、2mm以上をスパゲトーニという)。あんかけスパは、ゆでたあとにラードなどの油で炒めるために細いと切れやすくなるのと、太くすることでソースの絡みをよくするという狙いがあるんだとか。
濃い味付けを好む名古屋で受けて、一部ではキワモノ的な扱いをされつつも、だんだん浸透していった。今では、有名なあんかけスパ専門店が何軒もあり、レストランだけでなくたいていの喫茶店でもあんかけスパを食べることができるまで一般化している。コンビニ弁当にも当然あるし、あんかけソースのレトルトは何種類も売っている。
なにはともあれ、一度食べてみないことには始まらない。ツレを伴って、さて、どこへ行こうかとなったとき、食べたいものは最後に残しておくという悪いクセが出た。本来なら発祥の店に敬意を表して、何も考えずに「スパゲッティハウス ヨコイ」へ向かうべきところだ。選択の余地はないとさえ言える。けど、本命を一番最初に持ってきては詰まらないだろうとも思う。二番手、三番手を知ってこそ、初めて一番手のよさが分かるということもある。
そこで候補としてあがったのが、「チャオ」、「そーれ」、「レンガ亭」、「ソール本山」、「からめ亭」などだった。おそらくこのあたりの有名店なら、どこへ行っても間違いはないと思われた。場所の関係もあって、「からめ亭」に決めた私たちは早速車で向かったのだけど、ここで思いがけない事態が起こる。店の前の駐車場に車を止めて、店内の様子をうかがいのぞいたところ、日曜の夜7時前というのに客が人っ子一人いない! なんてこった。そんなことがあり得るのか!? 人気が落ちたのかたまたまだったのか、いずれにしてもこの状況は危険すぎた。何しろこれまで一度も食べたことがない未知のもので、しかもこの時点では半分キワモノ的な食べ物なのではないかという疑いを持っていた。マスターとマンツーマンになるのは怖すぎる。まずくても残せないし、美味しくないと分かって感想を聞かれても困る。グルメレポーターじゃないんだから、上手く取り繕う自信はない。世間話をされても邪魔くさいし、かといって黙って食べるのも気まずい。
これは無理と判断して、私たちはその場から逃げるように立ち去ったのだった。

結局、行ったのは最も無難な選択となる、「PASTA DE COCO」だった。ここは名前からも想像がつくように、「カレーハウスCoCo壱番屋」の別展開のチェーン店だ。
実はココイチも愛知県一宮市に本社がある愛知の店で、カレーチェーン店としては、全国だけでなく上海、台湾、ハワイにも出店する東証1部上場企業に成長を遂げている。次の狙いはあんかけスパによる全国制覇で、2003年に1号店を出して以来、現在は愛知を中心に17店舗、更には東京にも進出している。港区西新橋烏森通店と千代田区末広店の客の入りも上々だという。東京人にも受けているのか、東京へ出て行った名古屋人が懐かしくて食べているのか、たぶんその両方なのだろうけど、一応全国展開のとっかかりはつかんだようだ。
これに負けじと、サガミグループのセルフサービスうどん店「どんどん庵」もあんかけスパを始めたらしい。ただ、こちらはまだ浸透度は低く、評判もよく分からない。お手軽さに安さが加わればそれなりに受け入れられるのだろうか。けど、うどんと違ってスパは麺のゆで加減で美味しさがかなり違ってくるから、このシステムは少し無理があるような気もする。
チェーン店とあんかけスパの取り合わせは無理がない。基本的にソースは一種類で、あとはトッピングや麺の量を選べたり、サイドメニューをいろいろ用意してお客に選ばせるというのは、カレーと同じでシステマティックにできる。厨房がバイトでも味に大きな差は出にくい。麺のゆで時間さえ間違えなければ、バイト3日目の学生でも即戦力となる。
あんかけスパの専門店は圧倒的に男が多いという。特にランチどきはサラリーマンで店は占領状態になるそうだ。パスタというと女性が好みそうなのに、あんかけスパとなると男性の支持率が決定的に高いらしい。
ココ・デ・パスタはその現状を打破しようと、女性やファミリー向けに設定されているそうだ。このときも確かに男よりも女性の方がむしろ多いくらいだった。

あんかけスパと初めてのご対面。なるほど、これがあんかけスパというものか。思ったよりもソースはさらっとしている感じだ。トマトソースなんだろうけど、色は明るい。
私が注文したのは、イカルボ(850円)だったか。なんだか、聞き慣れない名前のもので忘れてしまった。ツレはきのこだったか野菜だったか。
早速、いただきまーす、とその前に写真を撮らないと。あわてて食べ始めてしまうところだった。この色はけっこう食欲をそそる。
ひとくち、ふたくち……。うーん、なんだろう、この感じ。トマトソース味には違いないのだけど、今まで食べたことのない不思議な味だ。食べたことがないのに、どこか懐かしい。スパイシーと聞いていたのに、ピリッとこない。なんというか、普通に美味しいけど、少し物足りないかなというのが最初の印象だった。
しかし、食べ進めていくにつれて適度にピリ辛感が増していって、これは美味しいかもしれないとなり、やがて半分以上進むと、これは美味しいぞに変わっていく。全然キワモノじゃなかった。昔の喫茶店のスパゲッティがこんなような味だったかもしれない。最近はパスタと称して気取ったものが多くなった中、これは懐かしくて新しい味わいがある。うん、悪くない。
ココイチのチェーン展開ということで、味は専門的と比べると辛さ控え目で万人向けになっているそうだ。美味しさも平均的というけど、これなら日本全国民に普通にオススメしてもいいのではないか。味噌煮込みよりも人を選ばないはずだ。
麺の量は少なめSサイズ(200gで通常より50円引き)を頼んだけど、ほどよく満腹になった。専門店は量が多めということで男性に人気のようだけど、みんながみんな大盛りを喜ぶわけではないので、量を減らせるという心遣いはありがたい。辛さも選べるようになっている。
100円のミニ小倉トーストに心惹かれつつも、マンゴープリン(200円)でしめくくっておなか一杯。プリンも美味しかった。
レトルトソースもおみやげとして買って帰ることができるので(一食分210円)、話のネタとしても面白い。家族や友達に配れば喜ばれるだろう。
あんかけソースは、店によっていろいろ工夫がなされていて、けっこう違いがあるようだ。ただ基本はやはりトマトベースで、ニンニク、タマネギ、ニンジン、ジャガイモ、ひき肉などを煮込んで作っているのは間違いない。絡みはタバスコなどを使わずに、コショウでつけているそうだ。
ただし、この程度の材料で自分の家で作っても店の味にはならないはずだから、何か秘密があるに違いない。とろみ加減で食感も変わってくるし、味にインパクトがなければ普通のトマトソースのしゃびしゃび版で終わってしまう。思ってる以上に奥が深いソースだ。
すでに誕生から40年前も経ちながら、いまだ名古屋のマイナー名物となっているのは、あんかけスパという名前に問題があるかもしれない。あんかけとスパゲッティという組み合わせは、あまりいいイメージがわいてこない。実際、私も食べるまでは冗談半分のメニューかと思っていたくらいだ。名古屋人の私でさえそうなのだから、他県の人が警戒したとしても無理はない。
餡というほどドロッとしてるわけではないから、ミートスープパスタくらいでいい。その方が普通に美味しそうだし洗練された感じがする。あんかけスパというのはいかにも冗談半分っぽい響きだ。
というわけなので、名古屋へ遊びに来たときは、安心してあんかけスパを食べても大丈夫です。全然ヘンな食べ物でもなく、おふざけでもないから。逆に普通すぎて拍子抜けしてしまうと思う。
誰かが、美味しいというよりクセになる味、という表現をしていたけど、それはぴったりの言い回しだ。あんかけスパは3度食べてから語れ、という言葉もある(ないかもしれない)。2度、3度と食べるうちに不思議と馴染んできて、そうなると月に一回は食べないといけなくなるという話もある。そう言われてみれば、私もなんだかまた食べたくなってきた。
次は本命「ヨコイ」に行ってみようと思う。それから、今度こそ、お客で賑わう「あんかけ亭」にも入って食べてみたい。他の店との食べ比べも面白そうだ。
名古屋めし制覇の旅はまだまだ続くのであった。