後醍醐天皇を祀る吉野神宮 - 現身日和 【うつせみびより】

後醍醐天皇を祀る吉野神宮

吉野神宮

 奈良県吉野山にある吉野神宮(地図)を訪ねた。
 創建は明治22年(1889年)と新しい神社ながら、創祀となると室町時代前期までさかのぼる。
 祀られているのは第96代後醍醐天皇だ。

 足利尊氏や新田義貞などの力を借りて鎌倉幕府を倒したまではよかったのだけど、1333年に自らが政治を行う建武の新政が失敗。
 武士たちの不満を買って頓挫し、足利尊氏の離反を招いた(1335年)。
 1336年、新田義貞に足利尊氏追討の命を出し、新田義貞は楠木正成らとともに湊川の戦いに到るも敗退。
 足利軍が京に迫ったため、後醍醐天皇は三種の神器を持って比叡山に逃げ込んだ。
 話し合いが付かず、後醍醐天皇は吉野山に移り、足利尊氏は光明天皇を立て、ここに南北朝時代が始まることになる。
 後醍醐天皇は都へ戻ることが叶わないまま1339年に義良親王に譲位し、その翌日に崩御した。50歳だった。

 義良親王は後村上天皇として即位し、父の後醍醐天皇を吉水院に安置して祀った。
 時は流れて明治。神仏分離令を受けて吉水院を後醍醐天皇社と改めた。これが明治6年(1873年)のことだ。
 2年後に吉水神社と改称。
 明治天皇は南朝を正統として、後醍醐天皇をあらたに祀る神社を建てる決定をした。これが吉野宮で、明治22年のことだった。
 明治25年(1892年)に吉水神社から後醍醐天皇像を移して遷座祭が行われた。後醍醐天皇像は後村上天皇が彫ったとされる。
 大正7年(1918年)に吉野宮から吉野神宮に改称された。



吉野神宮鳥居と月

 大鳥居は昭和5年(1930年)に建てられた。



吉野神宮拝殿

 現在の社殿は昭和7年(1932年)に建てられたもので、総檜造となっている。
 摂社の御影社・船岡社・滝桜社には建武中興の巧臣、日野資朝、日野俊基、児島範長、児島高徳、桜山茲俊、土居通益、得能通綱が祀られている。
 社殿は後醍醐天皇が戻りたがっていた京都がある北を向いている。
 例祭は9月27日に行われている。



吉野神宮拝殿より




吉野神宮大鳥居と境内

 境内は桜の名所となっており、金剛山や葛城山を望むことができる。



吉野神宮大鳥居と太陽

【アクセス】
 ・近鉄吉野線「吉野神宮駅」より徒歩約20分(バスあり)

 ・駐車場 あり(1時間いないなら無料)

 ・拝観 無料 午前8時30分-午後5時

 公式サイト
 
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