吉野の金峯山寺の入り口まで行った - 現身日和 【うつせみびより】

吉野の金峯山寺の入り口まで行った

金峯山寺

 奈良県吉野にある金峯山寺(地図)を訊ねた、というか前を通りかかって入り口から写真だけ撮った。一度くらいはしっかり参拝しないといけないと思いつつ実現できていない。離れたところから挨拶だけして、なんとなく参拝の代わりになったような気がしているだけだ。

 今年平成31年の3月30日(土)から新元号元年5月6日(月・祝)まで秘仏本尊の特別開帳が行われる。
 青色の顔が印象的な金剛蔵王権現像を写真などで見たことがある人も多いんじゃないだろうか。
 中央の中尊が釈迦如来で過去世、右尊の千手観音が現在世、左尊の弥勒菩薩が未来世を表しているとされる。
 吉野とといえば千本桜で有名な桜の名所で、毎年大勢の人が訪れる。今年は秘仏の開帳ということで例年以上の人が押しかけるのではないだろうか。秘仏は見たいけど、人の多さを考えると尻込みしてしまう。
 詳しくは公式サイトで。

 http://www.kinpusen.or.jp/index.html



金峯山寺

 金峯山寺(きんぷせんじ)は奈良時代の7世紀前半に役小角/役行者(えんのおづぬ/えんのぎょうじゃ)が開いたとされる。
 役行者が開いたとされる寺は多く、全国にある。その存在自体が半ば伝説と化しているため、実像はよく分からない。
 金峯山寺は修験の本山となり、奈良時代に栄えた。
 吉野山には金峯山寺以外にも、吉水神社、如意輪寺、竹林院、櫻本坊、喜蔵院、吉野水分神社、金峯神社などがあり、吉野山という場合、それら全体を指すことが多い。世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」にこれらは含まれている。
 平安時代になるとやや荒廃していたようで、聖宝が再興した(894年)。聖宝は京都の醍醐寺を開いた真言宗の僧だ。現在のような伽藍が整うのは、聖宝以降のことだ。
 平安時代には、宇多法皇や白河上皇、藤原道長なども訪れている。
 中世に入ると、修験道は天台宗の本山派と真言宗の当山派に分かれ、金峯山寺は当山派だった。どちらも多くの僧兵を抱え武装化していくことになる。
 南北朝時代には後醍醐天皇が吉野に下ってここに南朝の拠点が置かれた。北朝側が容易に南朝に攻め込めなかったのは、こうした吉野の武力勢力があったためだった。



後醍醐天皇稲荷

 明治の神仏分離令と修験禁止によって金峯山寺は大きな打撃を受けることになる。
 僧坊のひとつだった吉水院は吉水神社となり、それまで一体だった大峯山寺とも分かれた。金峯山寺も廃寺寸前まで追い込まれ、どうにか生き残った。

 本堂(蔵王堂)と仁王門が国宝に指定されている他、重要文化財も多い。いつかきちんと参拝したときにそれらの写真を撮ってあらためて紹介したいと思う。

【アクセス】
 ・ロープウェイ吉野山駅下車 徒歩約10分(バスもあり)
 ・駐車場 なし

 ・拝観料 500円(特別御開帳の期間は1,000円)
 ・拝観時間 8時30分-16時30分(受付は16時まで/年中無休)

 公式サイト
 
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