
2月3日の節分の日、千代保稲荷名古屋支社の豆まきを見たあと、近くを通りかかったので桃厳寺(地図)に立ち寄っていった。
去年2017年の暮れに、前住職が土地売却代金の中から1億5千万円を着服して同居女性が宝石など買い込んで訴えられたというニュースが流れたので、それを見たという人もいるかもしれない。
個人的には過去に何度か訪れていて、前回は2014年の8月だった。蚊にやられまくった記憶がある。
名古屋大仏と桃厳寺
山号を泉龍山といい、正式名を桃巖禪寺(とうがんぜんじ)という曹洞宗のお寺だ。
天文年間(1532-1555年)に信長の同母弟の信行(信勝)が父である信秀の菩提を弔うために建てたとされる。
当時の信行は末盛城主(千種区城山)で、寺は末森村の二本松(穂波町)に建てられたようだ。
その後、松竹町に替地となり、1712年(正徳2年または1714年)に現在地に移されたとされる。
信行は信長の弟でありながら品行方正で、織田家家臣団の中でも信望が篤く、母親の土田御前もうつけと呼ばれた信長よりも弟の信行に家督を継がせたかったようだ。
本人もその気で、織田家重臣の林秀貞や柴田勝家らを味方に付けて信長を討とうとして失敗(稲生の戦い)。
母のとりなしでなんとか許してもらったものの、再び岩倉城の織田信安らと組んで謀反を企てていたところ、柴田勝家に告げ口をされて、信長が病気になったと嘘の知らせを聞かされ、見舞いに行ったところを惨殺されてしまった。











名古屋大仏。
きれいになっていたので塗り直されたかも。

【アクセス】
・地下鉄東山線「本山駅」から徒歩約4分
・駐車場 あり(無料)
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