ようやく行くことができた尾張猿田彦神社が2018年の初詣 - 現身日和 【うつせみびより】

ようやく行くことができた尾張猿田彦神社が2018年の初詣

尾張猿田彦神社

 愛知県一宮市の尾張猿田彦神社(地図)にようやく行くことができた。
 申年だったおととしの2016年、一度訪ねたいと思いつつ実現せず、去年もなんだかんだで先延ばしにしていたら一年が終わってしまった。これはいけないということで、新年明けて出向くことにした。これが私の今年の初詣だった。

 尾張猿田彦神社の元宮は神社の西の木曽川河川敷にあった(地図)。
 木曽川周辺は増水による水害が多く、それを少しでも防ぐために猿尾堤(さるおづつみ)というものを築いた。江戸時代初期の1604年ということで、洪水を防ぐのと軍事的な目的もあったとされる。
 猿尾堤というのは本堤防を守るために築かれた小高い堤防で、猿の尾に似ていることからそう名付けられた。これで水の勢いを弱める効果があったようだ。
 尾張猿田彦神社は、その猿尾堤に建てられた。そこは大巻山と呼ばれる松林の中だった。
 猿田彦(サルタヒコ)と天宇受売(アメノウズメ)を祀ったのは、ここが伊勢の神宮(web)にゆかりのある場所だったからだ。
 伊勢の神宮の神領地で、かつてここに船着き場があり、神宮の式年遷宮に使われる木材を運ぶ筏の縄をここで締め直していた。その御用材が無事に届くようにという祈願をするために、伊勢の神宮にも縁のある導きの神サルタヒコとアメノウズメを祀ったというわけだ。
 元宮の南にある大きな鳥居は、昭和28年の第59回式年遷宮のときに下された神宮の第三鳥居で、ここは伊勢の神宮の遙拝所となっている。
 昭和60年に神託を受け、奥町の町に尾張猿田彦神社が建てられた。
 元宮はそれぞれ千勝神社と宇受売神社として鎮座しており、尾張猿田彦神社の奥宮となっている。



尾張猿田彦神社社殿前

 境内はこぢんまりしているけどきちんと整っていて気持ちがいい。行き届いている。
 サイズ感もこれくらいがちょうどいいのかもしれない。
 授与所は中にあって、基本的に誰でもあがっていいようになっている。巫女さんや神職さんが常駐していて、お守りなども売っているし御朱印もいただける。
 このときはちょうど他の人の祈祷が行われていて便乗して祈祷を受けてしまった。



尾張猿田彦神社池の鯉

 白い鯉が多い。よく育って元気そうだ。
 駐車場の一角にはインコ小屋もある。久しぶりにセキセイインコを間近で見た。



尾張猿田彦神社注連縄と紙垂と逆光




尾張猿田彦神社鈴




尾張猿田彦神社おみくじ




尾張猿田彦神社冬桜

 冬桜が咲いていた。十月桜か小福桜とかだろうか。



尾張猿田彦神社フェンスのおみくじ




尾張猿田彦神社奥宮の松林

 奥宮にも行った。尾張猿田彦神社にとってはここが重要な場所ということになる。
 かつてはもっと深い松林だったらしいのだけど、駐車場や遊歩道ができて縮小したようだ。
 夏にはここで奥宮の例大祭であるちょうちん祭が行われる。多くの提灯が飾られ、花火も上がるそうだ。



尾張猿田彦神社奥宮

 サルタヒコを祀る千勝神社とアメノウズメを祀る宇受売神社が並んでいる。



尾張猿田彦神社千勝神社と宇受売神社




尾張猿田彦神社神宮遙拝

 伊勢の神宮の鳥居と遙拝所。
 冬場はこの中に夕日が沈んでいく。
 打ち上げ花火もこの鳥居越しに見ることができるようだ。



尾張猿田彦神社船着き場跡

 一宮市の奥町と岐阜県羽島市正木村をつなぐ奥町渡船があった。
 戦前まで一宮は全国有数の織物の産地だったので、木曽川を利用して多くの船が行き来していた。その頃はこのあたりも大変な賑わいだったという。

 ようやくながら尾張猿田彦神社に行くことができてよかった。気持ち的にすっきりした。
 結果的に2016年には行かず、ここまで先延ばしにしたのは正解だった。今だからこそ分かることや感じることがあった。
 2016年当時は、猿田彦さんがまだ来るなということだったのだろう。尾張猿田彦神社がキーを握るのはもう少し先だからと。
 奥宮にも参拝することができて、こことの縁もつながった。再訪する機会がまた訪れるだろう。
 今後は一宮へ行ったときに気軽にひょいと立ち寄ることができる。

【アクセス】
 ・名鉄尾西線「奥町駅」から徒歩約15分
 ・駐車場 あり(神社裏手・無料)

 公式サイト
 
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