カレンダーのことを書こうとして何故か熱い語りになるの巻 - 現身日和 【うつせみびより】

カレンダーのことを書こうとして何故か熱い語りになるの巻

2007年カレンダー

PENTAX istDS+SMC Takumar 35mm(f3.5), f3.5, 1/160s(絞り優先)



 ようやく2007年のカレンダーを部屋の壁にかけることができた。今日はもう1月11日。10日遅れでようやく新しい2007年をスタートさせることができたような気がした。カレンダーって意外と大事だ。
 カレンダー選びは毎年苦労する。いつもなかなか決まらず1月にずれ込みがちだ。ここ数年は、野草や季節の風景写真の12枚綴りのものにしていたけど、それもちょっと飽きた。これとったイメージもないままオークションを見回っていたら、ふと目にとまったものがあった。
「はせくらみゆき ハッピーサークル」
 特に深い理由もなく、これにしようと思った。はせくらみゆきなんて人はまったく知らないのだけど。
 買ってから届くまでの間にちょこっと調べてみた。1963年北海道生まれの画家でエッセイスト。絵本や雑誌に絵を発表し、三児の母でもある。だんなさんの転勤で札幌、大阪、福岡、横浜、沖縄をめぐり、現在は宝塚在住。趣味は旅と三線。アロマセラピストの顔も持つ。主な著書に「光の海へ」、「試して選んだ自然流子育てガイド」、「しあわせの育て方」などがある。
 カレンダーのハッピーサークルは、「しあわせが、しあわせよんで、しあわせがりながら、広がっていく。そんな喜びの循環をイメージして、版画を中心とした12枚のアートに表現しました。一人ひとりのハッピーが、みんなのハッピーに繋がることを願って! あなたのハッピーサークルを応援したいと思っています」という思いからつけられた名前だという。

 正直なことを言うと、私はこういうタイプの人が苦手だ。何の疑いもなく幸せ一直線で(実際はそんなことはないのだろうけど)、次々と自分のやりたいことを実現していって、結婚もして、子育てもちゃんとやって、友達も多くて、人に後ろ指指されることなくまっとうに生きているように見える人が。それは嫉妬なのかもしれないし、私には眩しすぎるからかもしれない。でも、なんとなくウソっぽいような気がしてしまうのだ。できすぎた恋愛映画みたいで。人生そんなに都合よくいかないだろう、と思う。こんな人の近くにいると、自分がひどく駄目な人間に思えてくる。
 それなのに何故、私はこの人のカレンダーに惹かれて買ったのかといえば、やはりそれは私自身が少しずつ変わってきているからなのだろう。ちょっと薄暗いくらいの場所が心地よく感じていたのが、より強い光を求め始めたようだ。太陽の方へ手を伸ばし、もっと明るい幸せの方へとよろめく足取りで向かい始めた。
 清い水にしか棲めない魚がいて、汚れた川や池にしか棲めない魚もいる。それは優劣ではなく、水に自分を合わせてるのでもなく、自らに合った水を求めてそこに棲む。人も同じようなことが言える。健全なところが好きな人もいるし、そういうところが嫌いな人もいる。ただ、人が魚と違うのは、自分自身が変化したり成長できたりするということだ。それまで汚れた水が心地よかったのがだんだん苦痛になってきて、きれいな水を求めるようになることもある。その逆もある。私のことで言えば、清らかすぎる水に拒絶反応を起こしていた自分が、だんだんきれいな水と同調をし始めたのを感じる。かつての私は、若さゆえのひねた心や照れ隠しというだけでなく、はっきり善良さや真面目さを嫌い、否定してきた。馬鹿にさえしていたところもある。世の中に対して斜めに構えた皮肉屋だった。それが、少しずつきれいな方へ、光のある方へと、自らを浄化できてきていることを自分自身不思議にも思い、戸惑いもしつつ喜んでいる。
 はせきくらみゆきカレンダーも、去年までの私なら絶対に買うことはなかった。人にもらっても喜ばなかっただろう。それが今年、偶然にしろ目にして買ってみようと思ったところに、私自身の変化がはっきりと表れている。縁というものも、自分が変わることで新たに生まれるものだということを知る。
 思えば去年の夏頃、人にすすめられて「オーラの泉」を観るようになったことが、今の流れを作ってきたのかもしれない。あそこをきっかけとして、自分はより良い自分に向かうようになった。それ以前に番組の存在は知っていたけど観ようとは思わなかった。
 善良になりたくないという心のでつっかえ棒みたいなのが取れて、そこから一気に清らかな水へと流されていった。たぶん、以前の私は強がっていないと、自分の心を守りきれなかったというのもあったのだろう。善良でいられるほど心が強くなかった。
 けど、それでもやっぱり、半分とは言わず一部の闇は必要なのだと私は思っている。本当の天使は、生まれながらの穢れなき光の天使ではなく、天から地上に落ちてきた堕天使が自らを浄化させて天に戻る人間天使だという思いに変わりはない。人の心の暗い面は否定されるべきものではないし、凶暴で好戦的という現実も確かにある。悪の力を持っていて、意志の力で発揮しないことが大切なのだ。悪いことをやれるのにあえてやらないことが、本当の意味での善であるのだから。悪いことができないから悪いことをしないのでは意味がない。
 闇の面も語られなければ、話す言葉に陰影は生まれず、人として説得力も持ち得ない。悪もまた人間の半面の本質であり、それは目を背けることでも、打ち消すべきことでもない。光のあるところに必ず影が生まれ、それを否定すれば光さえも否定することになる。
 善良さだけを前面に出している人は、私から見ると不気味だし、嘘くさい。私たちは光の中にいるわけじゃない。光の方に手を伸ばし、光の差す方に向かう存在なのだ。
 幸せだけの人生に何の喜びがあるというのか。腹が減らなければご飯だって美味しくないし、貧乏を知らなければ金のありがたみにも気づかない。孤独の中で生きた人間でなければ他人の孤独も理解することはできないだろう。光と影のコントラストがあるからこそ人は美しいのだと私は思っている。
 そういう意味でいうと、はせくらみゆきという人の絵には半分の真実しか描かれてないように私には見える。確かに光や幸福は大事なことだ。けど、影までも同時に描いて見せなければ光は際立たない。私たちは幸せだけでは幸せのありがたみを知ることができない愚かな生き物なのだ。
 一年12ヶ月で12枚の絵を見ながら、私の気持ちはどういうふうに変化していくのだろう。この絵に対する見方も変わっていくのだろうか。そのあたりのことは自分でも楽しみにしたい。今よりももっと善良な人間になれば、この絵ももっと心地よく感じるようになるのかもしれない。そのときこそ、私もハッピーサークルの仲間に入れてもらおう。
 でもやっぱり、私はそうはなれないような気がする。ハッピーになることを人生の目標にはしていないから。この世界の半分の不幸のことも忘れることはできない。光と影に片足ずつ置いて、両方の橋渡しができるといいと思う。

 今日はいつもとずいぶん調子が違っていたので戸惑われた方もいたかもしれない。でも本来の私はこういう人間なのです。マジメがタケオ・キクチを着て歩いていると言われるほどに。普段の軽い調子の方がかえって疲れるのだ。いや、ホントに。だから、たまにはこういう調子になることも勘弁して欲しい。
 それにしても、ちょっと熱くなりすぎて、せっかく時間をかけて調べたカレンダーについてのあれこれを書くスペースがなくなってしまった。この倍の長さの文章は読みたくないと思うから、今度あらためてカレンダー・ネタは書くことにしよう。起源や語源や暦についてのあれこれを。
 ひらがな名前の女性画家つながりということで、いわさきちひろにも触れようと思っていたのに、それも飛んでしまった。それもまたいずれ機会があれば。突然ですがここで問題です。ひらがな名前のタレントを5人お答えください。どうぞ!
 急に言われると出てこないと思うけど、実際有名どこでも100人くらいはいるのだ。たとえば、つみきみほ、つちやかおり、ちはる、かまやつひろし、あいだもも、とか。え? 知らない? そんな人は、お父さん、お母さんに訊いてみてくださいね。
 結局、最後はいつもの調子かよ。マジメな顔が10分以上は続かないタイプだ。明日からはまた元に戻るので、いつもの感じで気楽におつき合いください。
関連記事ページ
コメント
非公開コメント

うーん。こういう人私もちょっと苦手かも・・
まだ私の中では嘘っぽいような気がするし、うらやましいような気もする。

「白河の清きに魚も住みかねて 元の濁りの田沼恋しき」
「水清くして 魚棲まず」

でしたっけ?どうも居心地が悪そうな気がする・・
要は人間ってのは善と悪が入り混じった不完全なものですからね。
それが人間味といういい味出してると思うんですけど。
私はその域までいけるのかな・・・いや行こうとするのだろうか・・・

2007-01-12 16:12 | from ビアンキ

人は変わるから

★ビアンキさん

 こんにちは。
 すごく明るくて天真爛漫で、見るからに邪気がなくて誰からも愛されて、この人はずっと幸せな人生を送るんだろうなぁっていう人がごくたまにいるけど、そういう人は私大好きです。自分と対極にいるけど、うらやましくなくて、こっちでも嬉しくなるから。
 そうじゃなくて、すごく前向きに人生と取り組んでます、あなたもこっちへいらっしゃいよ、っていう感じの人が私は苦手なのです。(^^;
 いや、私は私のペースで行きますからと言いたくなる。

「白河の清きに魚の住みかねて元の濁りの田沼恋しき」は、なつかしいですねー。社会科の教科書を思い出した(笑)。
 そうそう、こんな句がありました。これは上手いですね。

 なんにしても、人の本質は変わることだから、私もビアンキさんも、3年後とか5年後とかにはまったく違うことを言ったり書いたりしてるのかもしれないですね(笑)。

2007-01-13 02:34 | from オオタ | Edit

トラックバック

https://utusemibiyori.com/tb.php/485-c894c82f

つちやかおり

つちやかおりつちや かおり(本名:布川かおり(旧姓土屋)、1964年8月26日)は、東京都中野区出身の日本の女優。血液型はA型。明治大学附属中野高等学校卒業後、劇団「いろは」→ムーヴオンに所属。出演作品*「奇妙な出来事」 『誰かが見ている』(1990

2007-10-05 09:30 | from まことの記録