五重塔マニア予備軍に贈る興正寺の五重塔話 2006年11月21日(火)

神社仏閣(Shrines and temples)
興正寺の五重塔

OLYMPUS E-1+ZD 14-45mm(f3.5-5.6), f4.5, 1/50s(絞り優先)



 世の中には五重塔マニアという人たちがいる。わずかだが確かにいる。まだ会ったことはないが。
 五重塔と聞いてまず思い浮かべるのが奈良法隆寺という人も多いだろう。日本最古のもので680年頃建てられたものだと言われている。もちろん、国宝中の国宝だ。あるいは、京都最古(952年)の醍醐寺を思い出す人もいるかもしれない。華やかだった平安時代を象徴するように美しい五重塔だ。五重塔マニアなら屋根をはい登って上から落ちたくくらいだろう。もちろん、国宝なのでそんなことはできない。あらかじめ断っておくと、私は特に五重塔に思い入れがあるわけではない。見れば、わー、立派だなぁと人並みの感想を持つくらいのものだ。ただし、国宝となると突然態度が豹変する。押切もえを見ても別にどうということもないけど、エビちゃんはかわいすぎる~、と思ってしまうようなものだ(そのたとえはどうなんだ)。
 名古屋にも正真正銘ホンモノの五重塔があるのを知っているだろうか。おそらく全国的な知名度はかなり低いと思われる。私自身、おととし初めて知ったくらいだ。名古屋人でも案外知らない人が多いんじゃないだろうか。学校の社会見学や遠足で行くようなところではないから、名古屋に生まれて名古屋に育っても存在自体知らないままで終わってしまうということも充分考えられる。
 それは、昭和区八事(やごと)の興正寺(こうしょうじ)にある。名城大学や中京大学があるあたりと言えば、名古屋の人には分かりやすいだろうか。
 日泰寺(にったいじ)にも五重塔はあるけど、あれは新しくもあり木造ではない。興正寺のは、市内はもちろん、東海地方で唯一の木造の五重塔だ。なんで名古屋人はもっとこれを自慢しないのだろう。この地方の人間は、京都や東京のものをありたがるように自分のところのものを大事にしようとしないところがある。それはある意味では日本人と外国の関係に似ている。
 今回で見るのは3回目ということでやや感動は薄れたものの、やはり明らかな非日常性な存在感に圧倒される。こんなものが名古屋市内の街中にあるというのは不思議だ。近場で修学旅行気分が味わえるシリーズ第3弾は、ホントに近い、名古屋の興正寺を紹介したい。

 尾張高野とも呼ばれ、江戸時代には修行と信仰の場となり、明治から大正にかけては行楽地として大変賑わったという。名古屋で「山行き」といえば、それは八事山興正寺へ行くことを指したくらいだった。いち早く鉄道馬車が通り、大勢の人がそれに乗ってこの地に参拝と遊山に訪れたそうだ。現在は、学生街の中に埋もれるような格好となり、往事のような行楽地としての賑わいはない。ただ、毎月5日と13日の縁日にはたくさんの露店が並び、この日ばかりは数万人の人が集まってくるという。
 1686年、高野山で修行をした天瑞和尚という僧侶が、親族の勧めでこの地に草庵をたてたのが興正寺の始まりとされている。それから2年後、評判を聞きつけた尾張藩2代目藩主の徳川光友から寺院を建立してよろしいという許可が出たことで、本格的な興正寺建立が始まった。その後、代々の尾張藩に手厚く保護され、次々に伽藍が建ち、大きく広がっていった。その関係で扉などあちこちに葵の御紋が彫られている。

五重塔シルエット

 五重塔が建てられたのは120年も後になってからの1808年だった。第七世真隆和尚が突然思いついたのか、それまでそういう話があって悲願だったのか、そのへんはよく分からない。1800年代といえば江戸時代も後期で、尾張藩にしてもそんなに裕福でなかっただろう。和尚はかなり頑張ってお金を集めたものだ。相当かかったに違いない。
 3年がかりで高さ30メートルの立派な五重塔を建てた。華麗さはないものの、江戸時代らしい素木造り(しらきづくり)の味があり、彫刻なども凝っている。
 塔の中心柱には大日如来を置き、四方に阿如来、宝生如来、阿弥陀如来、不空成就如来が配置されている。

 ここは西山(普門院)と東山(遍照院)とに分かれていて、尾張高野というように、かつて東山は修行の場として女人禁制だった。今の能満堂がある裏手あたりに女人門があり、その先は男の園となっていた。それは明治まで続いた。
 その一番奥には高さ3.6メートルの大仏(名古屋三大仏の一つ)の大日堂がある。嘘か誠か、大日堂は地下通路で名古屋城とつながっているという話がある。名古屋城は家康が西日本に対する備えとして建てたものだ。興正寺は、名古屋の東南の入口にあたり、軍事的な砦としての役割を担っていたというのだ。昔から名古屋人は地下街が好きだったのかもしれない。
 実際、飯田街道との間には堀が掘られ、名古屋城から移築した東山門(黒門)は鉄砲などが撃てるような格子作りになっていたりするから、本気で戦を想定していたフシがある。江戸時代の初期というのは、私たちが思っているほど平和で落ち着いた世の中じゃなかったのだろう。少なくとも、尾張などでは。

中門と五重塔

 女人禁制廃止後、女人門は五重塔の前に移され、中門となっている。
 その他、七観音、観音堂、能満堂などがあり、もちろん、立派な本堂もあるのだけど、ここの場合、完全に主役の座を五重塔に奪われ、本堂の存在感は薄い。

 ここのお寺は、すべての宗派を受け入れる総宗派となっている。なんでもありのなんでも来い。
 別名、ぽっくり寺。7回お参りすると(?)、ぽっくりいけるらしい。私、もう3回行ってしまったから、あと3回しか行けないということなのか? まだぽっくりいきたくないぞ。
 大晦日の除夜の鐘は、先着1,080人がつくことができるそうだ。10人ついて一回とカウントするとか。それは1,080回鐘が鳴るということだろうか。だとしたら、近所の人はおちおち大晦日には寝てられない。それとも、10人が一度につくということなのか。
 ここは一応紅葉の名所ということになっている。といっても、塔の周りにモミジが集まっているというわけではないので、紅葉と塔の組み合わせはあまり期待できない。個人的なオススメとしては、空がオレンジや赤に染まったときのシルエットだ。今回は残念ながら染まりが足りなかった。

 世の中のたいていのものは新しければ新しいほどありがたいものだけど、神社仏閣に関しては古ければ古いほどありがたみが増す。そういう意味では、ここの五重塔はまだまだ新しい。江戸後期で200年はまだ熟し足りない。本当の風格が出てくるまでにはまだ300年、500年とかかるだろう。
 とはいうものの、なんてったって五重塔。奈良や京都まで行かず名古屋で見られるというところに価値がある。まだ見たことのない近所の人はぜひ一度見に行ってみてください。紅葉はもうしばらく先になりそうなので、11月の終わりから12月にかけてがオススメ。
 これをきっかけに、世の中にひとりでも五重塔マニアが誕生したら嬉しく思う。全国には思ってる以上にたくさんの五重塔があるから、全国制覇するのも楽しそうだ。古いものだけで22もある。更に1990年代に建てられてるものもあるというから、実は私の知らないところでひそかに五重塔ブームが起こっているのかもしれない。もしかして、五重塔に住んでる人さえもいる? 不便そうだなぁ、五階建ての家。上下の移動が面倒だ。でも楽しそう。5階の屋根の上で、ギターを弾きながら浅田美代子の「赤い風船」を歌いたい。
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コメント
  • あの子は~~♪
    2006/11/23 00:41
    3階建てに住んでるけど、結構いい運動ですw
    5階建てなら「エレベーター」必須と思われw

    あの頃の「浅田美代子」は確かに、可愛かったよね・・・w
  • 山を駆け回る
    2006/11/23 01:21
    オオタさん

    『月刊五重塔』の定期購読者だった私が来ましたよ。
    法隆寺は再建、非再建論で未だに争ってますね。
    焼けた屋根瓦が元の五重塔のあった場所から出土しているので
    今は再建論のほうが強いようですが。 
    法隆寺に関しては、礎石に中心の柱が乗っておらず、振り子の役割に
    なっているとか、礎石の下には仏舎利が埋められているとか、法隆寺には
    未だ謎がいっぱいです。浮く柱は構造上とても理にかなった工法だといわれて
    いますが、法隆寺七不思議は未だに七不思議としてそっとしておいてもらいたい
    ものです。詳しくは梅原猛の『隠された十字架 法隆寺論』をお暇な時にでも。

    興正寺の千灯供養はいかれたことありますか?中秋の名月のあたりに
    お焚き上げをするんですよ。今は昼にやるようになって雰囲気も何も
    あったもんじゃないですが、以前は夜だったので、灯篭や墓石に蝋燭の灯が灯さ
    れて、とても幻想的な世界でした。蝋燭の光だけの道を通ると、轟々と燃え盛る
    お焚き上げの護摩焚供養、ここに願掛けするのですが、私は参道にある串かつ屋
    さんに直行です。この串カツがうまいのよ。
    毎年恒例だったのに、昼間になってから行かなくなっちゃいました。
    母さん、あの串カツ屋はどこへ行っちゃったんでしょうね。
    ええ、八事から本堂へ行くみちで売っていた
    キャベツもつけたあの串カツですよ ~西条八十~

    五重塔よりも夢殿で昼寝をしてみたい。
    誰か宮大工になってこっそり入れてくれないかな。
  • 消防署のポールに勝るものなし
    2006/11/23 02:55
    ★ゆきさん

     こんにちは。
     どこ~の子~ こんな夕暮れ~♪
     TVジョッキーの白いギターも欲しかった。

     ゆきさんちは3階建てなんですか。それはいいですね。
     って、何がいいのかよく分からないのだけど(笑)。
     もしかして、家の中心に消防署のような銀色ポールが立っていて、そこから滑り降りるとかできませんよね?
     降りるときはあれが一番早いんだけど、やけどに注意。
     エレベーターは楽だけど、まどろっこしいですよね。
     超高層マンションに住むと、低層の住人よりも外出の回数が減るんですって。気持ちは分かるなぁ。
  • ジョーといえば山中
    2006/11/23 03:10
    ★magnoliaさん

     こんにちは。
     えー、『月刊五重塔』なんてあるんですかー!?
     と本気で驚いたのが悔しい(笑)。
     いや、世の中広いから、ホントにあったりして。あります?
     信じていいのかいけないのか、本気で判断がつかん。(^^;

     けど、五重塔好きな人に初めて出会いましたよ。やはりいましたか。しかも、こんな近いところに。
     法隆寺のは、680年頃って、なんでそんなあやふやなんだろうと思ったら、再建論議があるんですか。それは知らなかった。そもそも、五重塔なんてちっとも興味なかったから。
     これは私も、もっと五重塔を見て回って勉強しないといけないですね。
     梅原猛の『隠された十字架』も、前から気にはなっていたから、今度読んでみます。
     今は井沢元彦の『一千万年の陰謀 平将門の呪縛』を読んでるところです。『卑弥呼伝説』がわりと面白かったので。
     ただ、この人の話、どこまで信じていいものやら。(^^;

     magnoliaさん、興正寺のそんな行事にまで参加してましたか。どこにでも顔出してるなぁ(笑)。
     神社仏閣で、magnoliaさんらしき人を見かけたら、さりげなくMama do you remember? と歌ってみます。
     そしたら、ジョー? と問いかけてみてください。
     そう、山中と答えたら、私です。
  • 見仏記
    2006/11/24 23:22
    オオタさん

    『月刊五重塔』は、みうらじゅんといとうせいこうの『見仏記』の中で知りました。
    実際は見たことありません。調べたことはあります。一般書店にはなくて
    定期購読のみ扱いがあるそうで、今は廃刊になっているんじゃないかな。
    と、調べる方もどうかと思うけれど、仏像マニアでもあるので、納められている
    厨子や宝塔にも興味は広がり書庫の底が抜けそうになっております。

    井沢元彦に関しては史学をやってる人間の間では噴飯ものだそうだけど
    アカデミックな史学家でも実際見てきたわけでもないし、史料からひもとくしかない
    わけで、そこに井沢論みたいなトンでも論が出てもイインダヨ、グリーンダヨ!
    と井沢さんの壬申の乱あたりの解釈は好きです。
    しかしながら、自分の周りでは大河ドラマでさえ話の肴にならないので見仏は
    もっぱら一人で動いています。
    年取ってからじゃ動きも悪くなるのに神社仏閣巡りを年寄りの趣味だけにしておくの
    はもったいない。そう思うのは私だけですか、そうですか。
  • 石段を駆け上がれ
    2006/11/25 03:55
    ★magnoliaさん

     こんにちは。
     わぉ、ホントに『月刊五重塔』ってあったんですね。
     って、いまだに半信半疑の私。(^^;
     magnoliaさんの言ってることがどこまで本当なのか、最近読めない。

    『見仏記』、検索したら面白そうですね。知らなかったです。今度読んでみよう。
     役割的には、当然、magnoliaさんがみうらじゅんで、私がいとうせいこうってことになりますね。
     でも、だんだん洗脳されていくってイヤだなぁ(笑)。

     井沢元彦は、正しい正しくないは別にしても、あらたな視点を投げかけるっていう意味では価値がありますよね。小説としてなかなか面白いし。
     面白いといえば、鯨統一郎の『邪馬台国はどこですか?』もハチャメチャで面白かった。邪馬台国東北説は、もしやと思わせたり。

     神社仏閣巡りは、ホント、歳を取る前の方が楽しめますよね。石段を駆け上がれるうちが華です。
     一度楽しみを知れば、歳を取ってからも続けられるとも言えるけど。
     菅直人のようにいつか突然お遍路さんに出たりする?

     床が抜けないようにくれぐれも気をつけてくださいね。
  • 眉唾
    2006/11/25 19:55
    オオタさん

    最近、自分の言ってることがどこまで本当なのか、自分でさえ読めません。

    『見仏記』はDVDも出ているので私は全巻揃えましたよ(ホントだってば)
    あの二人のかけあいは絶妙で笑えますよ。お互い仏友と呼び合ってます。

    洗脳はしませんが、引きずり込むくらいはするかも。
    そのうち相手の方がはまって、その道のプロになってしまい、ついていけなくなる
    こともあります。これを置いてけぼり現象と言います。

    鯨統一郎の『邪馬台国はどこですか?』噂は聞いたことありますが、読んだことは
    ないので一度読んでみます。 トンデモ系の人なので素通りしていましたが、着眼点
    が面白そうですね。あんなふうに仮説立ててバーで朝まで語り合える仲間がいると
    楽しいでしょうね。
    反面、テレビ東京の『トホホ人物伝』みたいなのだと、免疫ない人だと、
    「へぇ~なるほどね~」なんて思いそうで危険かも。
  • タイムマシンに乗って
    2006/11/26 04:18
    ★magnoliaさん

     こんにちは。
     実際に眉毛にツバをつけてる人は見たことがないんだけど、そのへんの神社でばったりmagnoliaさんらしき人に会ったら、とりあえず眉毛にツバをつけてみます。そんな人を見かけたら声をかけてくださいね。
     自分の言ってることがホントかウソか分からなくなるとは、島田洋七病です。もみじまんじゅうを食べたら直るかもしれない。

    『見仏記』のDVDも出てるんですか。
     その前にまず本を読んでみないと。
     面白かったらmagnoliaさんちから勝手に借りていこう。
     もし、家の中からそれだけがなくなっていたら、私の仕業です。

     歴史も、私たちが学校で習った時代からずいぶん変わりましたね。いろんな新発見があって。
     そう思うと、教科書だっていい加減なもんなんだから、どんなに権威のある説でも疑うべきなのかもしれないですね。逆に珍説が正解だってのも多々あるだろうし。
     歴史好きはみんな思うんですよね、タイムマシンが発明されたら、あのときあの場所に行ってみたいと。
     私はやっぱり、坂本竜馬の最後と、本能寺の変だな。行ってきたら、magnoliaさんにも本当のことを教えてあげますね。
  • 最近尻尾が邪魔
    2006/11/27 00:32
    オオタさん

    坂本龍馬を殺したのは見廻組なのか、薩摩か?それを支持したのは誰なのか?
    それは知りたいですね。義経の最期や明智光秀の最期、天海の正体も
    知りたいな。あと蘇我蝦夷が討たれる場面、最澄と徳一の論争なども見たい。
    ぜってー(絶対)教えてね。

    DVDお貸ししますよ。
  • ああだこうだと言ってる楽しさ
    2006/11/27 03:59
    ★magnoliaさん

     こんにちは。
     アメリカでいえばケネディ暗殺やアポロ11号の月面着陸なんかでも、隠そうと思えば隠せるんですよね。
     ましてや、それが日本のずっと昔となると、どうやったって真相は分からないままですね。
     今私たちが知らないってことは、やっぱりタイムマシンは発明されないのかな。どんなに未来でも、もし発明されていれば今の時代にも来てるはずだから。
     ああだこうだと言い合ってるのが楽しくていいのかもしれないですね。

     坂本竜馬は、この前NHKの「歴史の選択」でやってましたね。
     義経=チンギスハン説は一体誰が言い出したんだろう?(^^;
     明智光秀が天海になったってのは、可能性としてアリなのかな?
     天草四郎が豊臣秀綱だってのはどう思います? これはけっこうあり得る話じゃないかとも思うんだけど。あの徹底した虐殺ぶりからしても。
     最澄と徳一は、今読んでる井沢元彦の『一千年の陰謀 平将門の呪縛』にちょうど出てきてます。

     もし、そこらの神社で会ったら、そのまま家までついていってDVD鑑賞会です(笑)。
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