水琴窟の音色に耳を傾け、日本の風流を思い出す 2006年11月4日(土)

施設/公園(Park)
勘助の井戸

Canon EOS Kiss Digital N+EF-S 18-55mm(f3.5-5.6), f4.0, 1/10s(絞り優先)



 岩崎城の二の丸庭園に「勘助の井」がある。なんでこんなところに山本勘助の井戸が!? と驚いたら、丹羽勘助だった。そりゃそうか。武田信玄の軍師だった山本勘助の井戸がこんなところにあるはずもない。私の山勘は大ハズレだった(霊感山勘第六感の山勘は山本勘助から来ているという説がある)。
 丹羽勘助といえば、岩崎城主であり、「棒の手」の生みの親として、この地方ではちょっとした有名人だ。城下町の農民を集めて、長さ2メートルの棒を振り回して敵と戦う訓練をさせたことが、後に神社の祭礼で奉納される儀式となり、それが今に伝わっている。愛知県の無形文化財にも指定されていて、毎年東海地方ではあちこちで実演が行われているので、テレビのニュースで見たことがある人も多いだろう。
 ここの井戸は、その丹羽勘助が使っていたということから勘助の井戸と名づけられているようだ。
 現在の岩崎城の二の丸跡は、名古屋城の三の丸庭園を模して造られている。もともとは敵の侵入を妨害するための馬出曲輪だったようだ。土塁跡なども残っている。
 その井戸にぐぐっと寄ってみると、何やら見慣れない仕掛けがあることに気づく。案内板を読んでみると、「水琴窟」とある。すいきんくつ? どこかで聞いたことがある。テレビでも見たことがあるような気もする。でも実物を見るのは初めてだし、何より実際に音を聞いたことはない。ものは試しと、ひしゃくで水をすくって、石の上に水を静かに流してみると、地中深くからかすかな音が響いてきた。
 キンキンキンキン……。
 わっ、なんかいい音。初めて耳にする音色だ。2ヶ所あるもう一方にも水を落としてみる。
 チリン、チリン、チリン……。
 おっ、こっちはまた音が違う。面白いな、水琴窟。気に入った。手風琴のしらべや巌窟王は知ってたけど、水琴窟は知らなかった。こりゃあ、いいものを聞かせてもらった。ありがとう、勘助の井戸と岩崎城。
 ということで、今日は水琴窟の勉強となる。

水琴窟

 庭園にあって日本人のわびさびを表す小道具として、鹿威し(ししおどし)は有名だ。カコーンという響きを聞いたり実物を見たことがある人も多いと思う。しかし、それに割と近い位置にある水琴窟の知名度は低い。音を聞いたことがある人はそれほど多くないんじゃないだろうか。置かれている場所が限られているということもある。もしかしたら、存在そのものを知らないという人もけっこういるかもしれない。
 生まれたのは江戸中期。大名茶人だった小堀遠州が蹲踞(つくばい)まわりの配水装置として作った洞水門(どうすいもん)が元になったと言われている。簡単に言うと、土の中に穴を掘って周囲に石を積め、水を張った瓶を埋めて、そこに水が落ちると音が響くという仕掛けだ。その音色が琴の音に似ていることから、いつからか水琴窟と呼ばれるようになった。江戸の風流人たちが庭師に造らせて、静かなブームとして明治に至るまでさかんに造られたという。
 あまり一般的なものとならなかったのは、造るのに手間がかかって難しいというのがあった。音色も造ってみないと分からず、いったん造ってしまうとそう簡単に造り直すこともできないことから、作り手が技術や知識を公にしたがらなかったというのもあった。いわゆる企業秘密というやつだ。
 更に、これは掃除ができない仕組みなので、すぐに駄目になってしまうという欠点もあった。砂や土が入ってしまうと音が鳴らなくなってしまい、そのたびに造り直すのは大変ということで、庶民のところまでは降りてこなかった。江戸時代に造られた古いもので今でも音が鳴るものはほとんどないという。江戸時代制作のものと思われるものは、京都、鳥取、岐阜、三重などで見つかっているらしい。

 昭和に入ってからはすっかりすたれ、その存在自体もほとんど忘れられたものとなっていた。戦後は造られることもなくなっていたようだ。それが今から20年ほど前に、水琴窟の存在をもう一度見直そうではないかと言い出した人が出てきて、それが新聞やテレビで紹介されたことで再び水琴窟が復活したのだった。ここ10年くらいで、かなり造られていて、私の知らないところで水琴窟ブームは起こっていたのだ。プリキュアの人気は知っていたけど水琴窟人気を知らなかったのはうかつだった。
 調べてみると、実にたくさんある。個人の庭がほとんどにしても、愛知、岐阜、三重だけでも100以上はあるとは驚きだ。一般でも見られるところとしては、白鳥庭園、名古屋城「二の丸茶亭」、大須観音、犬山の有楽苑、岡崎公園「葵松庵」、佐布里池「水の生活館」などがある。
 現代のものはいろいろな工夫がほどこされていて、メンテナンスもちゃんとできるようになっているから、長く使えるようになっている。音色に関しては江戸時代のものが残ってないので比較はできないけど、充分心に響くものを持っている。音はそれぞれ微妙に違うようで、すべての水琴窟は世界でひとつだけなんだとか。
 これは日本で生まれ、海外に輸出されることのない日本独自のものだから、そういう意味でも大事にして未来に伝えていくべきものだと思う。ぜひ、機会があったら実際に自分の耳で聞いて欲しい。不思議な心地よさがあるから。幼稚園生に聞かせたら寝付きがよくなったというし、胎教にもいいらしい。仕事場でキレて上司をぶん殴りそうになったら、まずは席に戻ってイヤホンで水琴窟のCDを聞いて心を静めるとよいでしょう。
 そんなにいいものならうちの庭に造ってしまうぞ、という人はぜひ100万円くらいのものをいってみてください。20万円の安いやつでいいやなどと言わずに。

 ここ10年、20年で、日本人はようやく自分たちの古き良き伝統や風習を見直そうという気持ちを少しずつ取り戻してきたようだ。それは喜ばしいことだと思う。明治維新以降、あまりにも古いものを捨てて新しいものに走りすぎてきた。そろそろ、もう一度昔に立ち返って大切なものや貴重なものを拾い直してもいい頃だ。古いものが全部駄目なわけじゃない。懐古趣味一辺倒で古いものにしがみついて新しいものを頑なに拒否するのはよくないけど、古いものを現代に取り込むことは悪いことでもなんでもない。もちろん、今更ボンタンをはいてリーゼントで会社へ行くことが正しい姿勢ではないので、そのへんの間違いはおかさないように気をつけたい。ぺちゃんのこカバンとツータックもダメだぞ。じゃあもっと古ければいいのかと、家の二階に天守閣を造って、ちょんまげを結って殿様の格好をしてる人になってもいけないと思う。いや、本人の自由だからいいんだけど、身内にそういう人がいたら家族が迷惑をする。
 私としては、お城巡りをしたり、庭園で風流に少し触れたりして、古い時代のことに思い巡らせるくらいにしておきたい。石垣に頬ずりなんかはしない。
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