いつもお世話になっている牛さんと少し距離を縮めてみた 2006年11月1日(水)

動物(Animal)
牛さんたち

OLYMPUS E-1+Super Takumar 135mm(f3.5), f5.6, 1/160s(絞り優先)



 牛は私たちにとって非常に馴染み深い生き物であると同時に、直接触れ合う機会がほとんどない動物でもある。牛の頭をなでたことがある人、手を挙げて! 突然そんなことを街頭で叫んでみても誰も相手にしてくれないけど、たとえ反応してもらえてもほとんど手は挙がらないだろう。そこに田中義剛がたまたま通りかかったなら別だけど。
 牛乳、チーズ、牛肉、牛革製品。十二支との丑、牡牛座、松阪牛、仙台の牛タン、狂牛病、吉野家、キャトルミューティレーション(それはあまり馴染みがない)、近鉄バッファローズ(もうない)。スペインの闘牛、社会党の牛歩戦術、クローン牛、牛に引かれて善光寺参り、などなど牛に関するネタは尽きない。小学校の給食で、牛乳を飲んでいるときに友達に笑わされて鼻から牛乳を吹き出したことがあるという人も多いと思う(多いか?)。けど、胸の大きな女の人をホルスタインみたいだなというたとえは最近めっきり聞かなくなった。瀬川瑛子の牛のモノマネをまた見たい。

 なにしろ牛というのは、この地球上で人間の次に数が多いほ乳類なのだ。世界中にたくさんたくさん飼われている。ちょっと意外と思うかもしれないけど、野生の牛も世界にはけっこういる。東南アジアとか、オーストラリアとか、香港にだっているらしいし、日本にもいる。鹿児島の南にある口之島というところにいるそうだ。
 広く言えば、牛は5属14種ほどがいるということになる。もともと野生の牛は南北アメリカ大陸やユーラシア大陸などの広い地域にいた動物で、日本にもいた。それは文明が生まれるずっと前のことで、1万7千年前にクロマニョン人が描いたとされるラスコーの壁画にも牛がいる。それを捕まえて家畜としたのは、紀元前6,000年ほどのことで、西アジアあたりだったのではないかと言われている。イラクのジャルモ遺跡からも家畜牛の骨が見つかっている。
 最初は肉や皮をとるためだったのが、だんだん乳の重要性に気づいていったという流れだったのだろう。それに気づけばチーズやヨーグルトなんかを作り出すにも時間はかからなかったはずだ。労働力としても活躍していたに違いない。牛糞は肥料にも、燃料にもなった。
 日本でも先土器時代には牛とのつき合いが始まっとされる。日本の場合は、最初に農業の手伝いをさせることを主目的にしていたようだ。儀式の生け贄などにもされたらしい。
 牛乳というものを知ったのは飛鳥時代で、渡来人によって孝徳天皇に献上したのが始まりだそうだ。それ以降、奈良、平安と進むにつれ、乳牛の飼育と牛乳は上流階級で少しずつ浸透していった。
 あるいは、牛車(ぎっしゃ)という乗り物も発明された。平安貴族たちの間で一大ブームを巻き起こし、マイ牛車に紋を入れたり様々な飾りをして乗り回していたという。スローモーなデコトラみたいなものだ。
 ただし、牛車も牛乳もまだまだ上の方だけの話で、農民は農作業の友として牛は欠かせないものだった。
 時代は進み江戸時代、この頃になってから初めて牛肉が食べられるようになる。最初はお殿様たちの間で、江戸末期には庶民も食べるようになる。ただ、一般的には明治時代に入ってからだから、牛肉文化の歴史は案外浅い。これも文明開化の西洋からの影響が大きかったのだろう。もともと日本人にとって牛は食べるものではなかった。ヒンドゥー教では牛は神聖な生き物として、今でも食べるのがタブーとなっている。

 酪農というとやはり思い浮かべるのは北海道だ。特に「北の国から」の草太兄ちゃんが最新式の酪農システムを取り入れて自慢げだったときの痛々しさが記憶に残っている。その他、岩手県、千葉県、栃木県、長野県、熊本県などでもさかんだそうだ。
 日本で最初に酪農が行われたのは江戸時代、徳川吉宗のときで、今の千葉県の房総でインド産の白牛を育てて牛乳やバターを作ったのがはじまりとされる。ここは幕府直轄領となって、吉宗は乳製品でウハウハだった。
 乳牛は一日にどれくらいのミルクを出すか、という問題がこの前ミリオネアで出て、その答えを聞いて驚いた。一頭で一日に20-30リットルも乳を出すというのだ。2リットルの大きいペットボトル10本以上。こりゃあ、牛を一頭飼っても牛乳は飲みきれないな。乾し草などを一日で30キロくらい食べるというから、そのエサ代も大変そうだ。って、牛飼う気かよ、私。
 牛は胃袋が4つあって、飲み込んだ食べ物を胃から口に戻してきて反芻する。よくよだれもたらしている。人間は反芻しない生き物でよかった。
 睡眠時間はだいたい4時間くらいと短い。その中でノンレム睡眠とレム睡眠があるというから、牛も寝ながら夢を見てるのだ。牛が見る夢って、なんだか想像できない。牛車になって暴走してる夢ではないと思うけど。
 英語のCattleは、ラテン語の資本や財産を表すCaptaleから来ている。牛をたくさん持っている人ほど裕福だったということだろう。雄牛をbull(ブル)、雌牛をcow(コウ)として区別することもある。田中義剛は「べこ」と呼んでいる。

 勉強してみると意外と知らいことも多かった牛について。これでちょっと親しみがわいたから、今後はもう少し牛との距離を詰めていきたいと思う。愛知牧場へ行けばかなり近づくこともできるし、背中くらいは触れるかもしれない。搾乳体験もできるから、これも一生に一度くらいはやっておくべきだろう。牛乳とヨーグルトは毎日飲んでお世話になっていることだし。ただし、あまりにも牛ちゃんのことが好きになりすぎて、そのまま勢い余って田中義剛のところで働きだしてしまっても困るので、ほどほどにしておきたい。アイボクでも、牛を見てうっかりべこと言ったりしてしまわないように気をつけよう。動物好きの男というのは女の人にとって悪い印象は持たないと思うけど、ものすごく牛が好きな男というのは大きなマイナスになる気がする。今後は牛とのいい感じの距離感を模索していこうと思う私なのだった。
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