観覧車の思い出をよみがえらせつつひとり観覧車を思う 2006年9月11日(月) - 現身日和 【うつせみびより】

観覧車の思い出をよみがえらせつつひとり観覧車を思う 2006年9月11日(月)

唐突な観覧車

Canon EOS 10D+PORST Weitwinkel 35mm(f2.8), f4.0, 1/25s(絞り優先)



 去年の春先、名古屋の繁華街である栄のど真ん中に、観覧車ができた。屋上に取り付けられた軸を中心に、ビルの側面に張り付くようにして回っている。回る回るよ時代は回ると中島みゆきも歌っていたけど、まさか栄のビルに観覧車が張り付く時代が来るとは思わなかった。この観覧車の存在を知ってわざわざ乗りに来たユーミンもびっくりしただろう。
 名前はスカイボート(sky-boat)。名古屋としては頑張ったネーミングではあるけど、洗練されていると言えるかどうかは微妙なところだ。空の舟。ビルはサンシャイン栄で、錦通と大津通が交わる交差点の南西、三越の斜め向かいになる。この地方では有名なパチンコグループの京楽の持ちビルで、地下と1階はパチンコなどのアミューズメント、2階にはもうひとつの目玉である名古屋麺屋横丁があり、3、4階がファッション&ビューティー、5、6階にはレストランが入ってるそうだ。
 観覧車の高さは地上52メートル、直径は40メートル。今どきの観覧車としては小さいくらいの規模だ。ただ、ビルに付いていることを考えるとこれくらいが精一杯だったのだろう。あんまり大きく重くしすぎて、ビルからはがれ落ちてきたら笑える。いや、洒落にならない。
 地上52メートルだから、景色としてはさほどではない。名古屋城の天守閣が48メートルだから、あんなものだ。このへんはとくに百貨店やオフィスビル街で周りに高めの建物が多いから、見晴らしも悪い。夜景はそれなりに楽しめるだろうけど、昼間は面白くない気がする。
 ゴンドラの数は28個。一周は公称15分で、実質は10分ちょっとらしいので、すぐ終わる。かなりゆっくり動いてもこれくらいしかかからない。ゴンドラの中で愛の告白をしようとしてモジモジしていたら途中で時間切れになりかねないので、その場合は乗って5分後くらいには本題に入った方がいいと思う。
 金額はひとり500円だから、観覧車としては並みの値段だろう。乗車券はなくて、ゲートにお金を入れて通るシステムになっている。ただ、その際500円硬貨しか使えないという話があるけど、本当だろうか。財布に500円玉が入ってる確率ってかなり低いぞ。しかも、デートとなると500円玉が2枚必要になる。いい感じになって観覧車に乗ろうか、うん、いいよ、となったとき、財布に500円玉が2枚入ってなくて、悪いけど500円貸してくれる? なんだこの男、使えねえな! となってしまう恐れがあるので、栄に行くときは念のため500円玉を2枚用意していくことをおすすめしたい(たぶん両替機があると思うけど)。
 さて、いよいよ観覧車に乗ったら、横に並んで坐っていちゃつきたいのが人情というもの。でも、ちょっと待て、このゴンドラは全面ガラス張り360度シースルーだ。なんてこった。足もとまで透けてるというから、高所恐怖症の人はたまったもんじゃない。生きた心地がしないだろう。空中に浮かんでいるような感覚が味わえて楽しいという人ももちろんいるだろうけど、高いところが駄目な人はこれは乗らない方が身のためだ。
 ガラス張りだから、下を歩いている人に見られたり、ビルの中で買い物したり何か食べたりしてる窓際の人とも目が合うという。なんて気まずい観覧車なんだ。動きはゆっくりだし、お互いに照れ笑いでもしてるよりしょうがない。
 こんなファンキーな観覧車スカイボートだけど、一番腰が砕けたのは、観覧車に乗ると、おもむろに頭の上の3ケタの数字が回り始めて、何事だろうとびっくりしていたら777が出て大当たりになることがあるということだ。さすがパチンコ会社の観覧車。こんなところにスロットが付いてるなんて。当たりが出るとビルの中で使える1,000円分の商品券がもらえる。でも、せっかくなら目押しさせて欲しかった。

 名古屋という土地は、意外にも昔から観覧車と縁のあるところだった。国産の観覧車第一号は1937年(昭和15年)に開催された名古屋汎太平洋平和博覧会の会場に建設されたものだというし、デパートの屋上に作られた遊園地の観覧車第一号も名古屋三越だった。この日本最古の屋上観覧車は現在でもそのまま残っている。遊園地自体は閉鎖されてしまったけど、保存が決まったそうだ。昔から名古屋の人は回るのが好きだったのか?
 観覧車の元祖は水車で、それを遊び道具としたものが17世紀頃の中近東やヨーロッパ、アフリカなどで作られていたようだ。
 現在のような形の観覧車が世界で初めて作られたのは、1893年のシカゴ万博だった。アメリカ人技師のジョージ・フェリスの設計によるもので、その結果、それまでは「プレジャーホイール(pleasure wheel)」などと呼ばれていた遊具が、技師の名前を取って「フェリスホイール(Ferris Wheel)」と呼ばれるようになったのだった。
 日本における観覧車の呼び名は、1904年にセントルイスで開催された博覧会で「オブザベーションホイール(Observation Wheel)」と呼ばれたものを、そのままオブザべーションは観るということだから観覧車にしてしまえということでそうなって今に至っている。観測車や展望車などになる可能性もあった。
 日本で初めて設置された観覧車は、ずっと1907年に東京上野で開催された東京勧業博覧会と思われていたのが、1906年に大阪の日露戦争戦捷紀念博覧会ですでに設置されていたことが分かって、入れ替わった。大阪も観覧車は好きなようで、元祖とビルに取り付けた観覧車(HEP FIVE)の世界初の記録も持っている。
 このあたりのくわしい歴史に興味がある方は、『観覧車物語 110年の歴史をめぐる』福井優子がおすすめです。

 現在日本には60ほどの観覧車があるようだ(63個?)。
 一番大きなものは、福岡SKY DREAM FUKUOKAの120メートルで、これは世界2位でもある。国内2位は葛西臨海公園のダイヤと花の観覧車(117メートル)、3位はお台場パレットタウンの「大観覧車」(115メートル)と続く。
 私が乗ったことがある一番大きなものは、4位のよこはまコスモワールドの「コスモクロック21」(112.5m)だ。あれは怖かった。名古屋港のシートレインランドの観覧車は夜だったから、あれはもっと怖かったけど。
 世界1位は、今のところロンドンにある「ロンドン・アイ」の135メートルだ。この世界一の座を狙って、現在いくつかの巨大観覧車の建設が進んでいる。シンガポールでは一気に170メートルというのを作っている最中だ。しかしこれ、完成予定は2005年だったものがいまだにできてない。2006年の6月に延びて、更に2007年12月になってしまった。本当にできるだんろうか。その他、ラスベガスでは158メートルの「ボイジャー」というのがあるのだけど、2002年完成予定だったというところからみてもかなり現実味がないし、中国が北京オリンピックまでに作ると言ってる210メートルの「東方摩天輪」なんてのはどこまで本気なのか分からない。
 技術的には日本でも200メートルは作れるそうなんだ。ただ、そうなると建設費が80億円と莫大になりすぎて採算が取れないということで、120メートルあたりで頭打ちになってるらしい。カップルあたりから500円、1,000円とチビチビ取っていたんでは、いつまで経っても80億円は集まらない。

 観覧車に対するイメージは人それぞれだろうし、いい思い出がある人もそうじゃない人もいるだろう。高いところが苦手で一生乗らずに終わるという人もいるかもしれない。でも、やっぱり甘酸っぱいような素敵さを観覧車に感じている人は多いんじゃないだろうか。女の子同士で乗ることはっても、男同士で観覧車に乗ることは基本的にないので、男子は特にその思いが強いと思う。カップルになったらぜひ観覧車に乗りたい、と。
 観覧車の何が一番大切なのか。それは、大きさでも、風景でも、ロケーションでも、値段でも、設備でもなく、誰とどのタイミングで乗るかという一点のみ、と言ってもいい。景色がどんなだったかは覚えてなくても、誰といつ乗って、どんな雰囲気だったかというのは覚えているものだ。大事なのはそれだから。
 私としては、もちろん好きな人と乗るのが一番いいには違いないのだけど、それとは別にひとり観覧車というのを想像してみたりもする。これまであったたくさんのひとりシリーズの中で、これは最難関であることは間違いない。果たして自分にできるものなのかどうなのか。もしかしたらそれは、ひとり東京ディズニーランドよりも難しいかもしれない。もし、ひとり観覧車をクリアすることができたなら、そのときは最強のひとり上手となれるだろう。でも、もし私がやり遂げたとしても、ひとり上手と呼ばないで、ひとりが好きなわけじゃないのよ。
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