曇天の下、田舎の田んぼを吹き抜ける風は秋の気配 2006年8月27日(日)

丹生(Nyu)
収穫の秋早くも始まる

Canon EOS 10D+TAMRON 28-300mm XR(f3.5-6.3), f5.6, 1/125s(絞り優先)



 2週間遅れの帰郷は無事に済んだ。名古屋から松阪の奥まで、墓参りをあわせて片道2時間半のドライブ。午前中に家を出て昼過ぎに到着(昼飯はサービスエリアで買ったたこ焼き)。午後は田舎を散策。山に囲まれた田んぼ地帯と川沿い、神社の散策路とその周辺を歩く。夕方、夕飯を買いに町まで車を30分走らせる。途中で別の神社にも寄る。夕飯を食べて、夜向こうを後にして帰宅は9時。12時間の内半分以上車を運転していたので、ダメージが深い。寝不足と重なって。
 なにはともあれ、これでようやく夏休みの宿題が終わったような晴れやかな気分になれた。お盆直前の思いがけない車の故障はあったものの、まずはよかった。帰郷といっても何をするわけでもないけど、顔を見せに行くだけでもそれなりに意味はある。田舎の風景を見たり写真を撮ったりする楽しみもある。

 うちの田舎は、今年の4月から合併して村から町へと名前を変えた。なんだかしっくり来ない。多気町なんて言われても隣町のことみたいだ。もう一度村に戻して欲しいぞ。
 三重県はどういうわけか、稲の収穫が早い。全国でもかなり早い方だと思う。なにかの作戦か?
 早くも稲刈りが本格的に始まっていた。9月の頭には、新米の三重県産コシヒカリが出回り始めるだろう。お盆が過ぎたらもう新米ってのはちょっと感覚的に早すぎる気もするけど、ブランドとしては弱い三重県産コシヒカリを少しでも売るには先に出すというのは戦略として正しいかもしれない。
 しかし、広い田んぼを少し前までは手作業で刈っていたのだ。想像するだけで気が遠くなって腰まで痛くなってきそう。今は機械があるから楽になった。機械はものすごく高いけど。
 今年の米はどうなんだろう。一時雨が多くて日照時間が少ないときがあったから、あまりよくないのだろうか。ただ、台風が来なかったのは救いだ。今年はたぶん一度も直撃されてないはずだ。
 新米コシヒカリはやっぱり美味しい。親戚から送られてくるのを楽しみに待っていよう。

泥水櫛田川

 いつもはきれいな櫛田川も、ここ数日の雨で泥水の川となっていた。残念。浅い場所は透明で、深いところはエメラルドグリーンをしている川を見るのが好きなのに。
 空も曇っていて、今日は写真には向かない日だった。野草も少なく、鳥も姿を見せなかった。
 川風は冷たいくらいで、季節は確実に夏から秋へ移り変わっていっていることを感じさせた。お盆を過ぎれば季節も変わる。気づけば8月も残り4日だ。
 夏を越えられなかった人たちが今年もまたたくさんいた。そのことを思えば夏休みの宿題で青ざめるくらいは不幸のうちに入らない。という達観が少年時代の私にあれば、たぶん、宿題はもっとやらなかっただろう。だから、少年少女はやっぱり夏休みの最終週は焦って親に泣きつくのが正しい姿なのだろう。それが大人になったとき、いい思い出として残るから。

霞む山々

 遠くに霞みながら連なる山々。どこの山なのかは知らない。昔から見てる山なのに、山の名前を知ろうとは思わなかった。名古屋から見える山の方がずっと詳しく知っている。
 それにしても、ここらの風景は本当に変わらない。山々も、田んぼも、畑も、川も。名前が村から町に変わっても、相変わらず信号機もコンビニもないのだった。
 車は昔も今も軽トラ。田舎風景にこんなに似合う車は他にない。21世紀の最後まで、軽トラは田んぼのあぜ道を駆け抜けて欲しい。22世紀は、このスタイルのまま空を飛んでもいいなと思う。
 この田舎風景も、いつかは失われてしまうんだろうか。
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コメント
  • 2006/08/29 13:51
    こんにちは~♪
    のどかでいい風景、オオタさんの故郷、自然がいっぱい^^。
    日帰りだったのですか?お疲れ様でしたね。

    (~ペ)ウーン 、今週はサンデー料理お休みでしたか?
    料理のみならず、食器にもこだわりがあるみたいで、いつも楽しみにしています。
    ステキな食器ばかり・・・ほんとに、独り暮らし?怪しいぞぉ~~?(^0^; アハハ
    いつか、、三重県産コシヒカリに合う料理を作ってくださいませ・・・

    実は・・・毎日こっそり見てます^^。
    知ってましたか?クック・・ククと笑ってること・・(ヘ。ヘ) エヘヘ
    これからも楽しみに来ますね~。
    えっ~と、リンクしてくれてたんですね、ありがとさん (*^ - ^*)ゞ
    σ(・・*)もお願いしようかな^^。
  • 2006/08/30 01:51
    はじめまして。

    丹生の水田風景、昔と変わらないのですね。

    子供の頃、夏になると父の生家がある丹生の村に家族で帰省していました。
    祖父母が他界し、お墓も叔父が住む松阪に移された今、
    馴染みの薄い遠い親戚だけが残る丹生に「帰る」ことは
    なくなってしまいましたが
    お大師さんや泳いだ櫛田川、サワガニとりをした水路などは
    今でも懐かしく思い出される光景です。

    風に運ばれ、山の息吹のように聞こえてくるヒグラシの声や
    田んぼを渡ってくる少し湿った空気の独特の匂いを思い出しました。

    散策のページに丹生の写真がUPされることをたのしみにしています。
    (実は過去の松阪帰郷の写真も、懐かしい風景に出会いたくて
    何度も見に来ていました・・・ こっそり?見ていてゴメンナサイ・・・)

    それにしても、私も多気町はしっくりきません。
    やっぱり多気郡勢和村字丹生ですよね。 
  • 生まれは田舎、育ちは名古屋
    2006/08/30 04:04
    ★かぼちゃさん

     こんにちは。
     北海道はそろそろ秋風が冷たくなってきましたか?
     それとも、まだ暑さが残ってるのかな。
     夏だ暑いと騒いでいたら、もう9月で、気づけばまた冬鳥の季節がもうすぐそこまでやって来てるんですよね。夏鳥はやっぱりあんまり撮れなかったんで、私としては冬鳥に期待です。カモたちもそろそろですね。

     うちの田舎(正確には父方の祖父母と父の生まれ故郷なんだけど)は、それはもうすごいですよ。何がって言葉では言えないくらい(笑)。
     それこそ吉幾三の世界です。いや、テレビはあるけど。(^^;
     育ちはずっと名古屋で、年に2回の帰郷を楽しみにしてます。

     サンデー料理はさすがに今回は休みでした。(^^;
     あの日帰りのドライブから帰ってきて作る気力はなかった。
     食器はもらいものとか、ずっと使ってなかったものを出してきて使ってます。少し増えたのもあるんだけど。
     食器も揃え始めるとキリがないですよね。そっちの世界にはなるべく行かないようにしてます。(^^;

     リンクはずーっと前からしてましたよー(笑)。
     もしかしてことわってなかったでしたっけ?(^^;
     今後ともよろしくお願いしますね。(^^)
     かぼちゃさんをクッククックー、クッククックー、青い鳥~と笑わせられるように書き続けますので。
  • あの星空はもうない
    2006/08/30 04:19
    ★mao_catさん

     はじめまして、こんにちは。

     おー、mao_catさん、丹生の人なんですかー。ネットってすごいなぁ、日常生活で丹生に関係ある人と出会う確率なんてものすごく低いですもんね(笑)。
     父の生家ってのは、私もまったく同じです。祖父母の家があるんで、子供の頃から夏と冬にはいつも行ってるんです。今はもう祖母だけになってしまったんだけど。
     私は松阪市生まれで、育ちは名古屋なんだけど、あそこで育っていたら、今みたい懐かしいとか言ってられなかったでしょうね。(^^; 

     風景はあんまり変わらないですね。特に田んぼや川の方は。
     ただ、伊勢自動車道ができて以来、よそからの人がすごく増えたし、空は確実に汚れてしまいました。降るような星空も、もう見られなくなってしまって。子供の頃見た夜空の星はすさまじいほどだったのに。
     大師湯も枯れて閉鎖して、沢ガニの姿もなくなり、やっぱりいろいろなところで変わっていってるんでしょうね。寂しいことだけど。丹生小学校も廃校になってしまったし。
     けど、mao_catさんの文章を読んでいると、ホント、そのまま私の丹生に対する感覚と同じなんで、驚きです。あそこに立てば、同じような感覚を抱くんですね。(^^)

     今まで、番地なしの「勢和村丹生」で届いていた年賀状も、郵政民営化で届かなくなってしまうんだろうか?(^^;
     番地知らないんだけど。

     またこっそりでもいいから遊びに来てくださいね。(^^)
  • 2006/09/04 02:42
    mao_catです。
    レスありがとうございました。
    丹生に縁のある人に出会えるなんて、ホントありえないことですよね!

    私は、生まれも育ちも大阪で、今は東京で暮らしています。
    だから、私の故郷は大阪ということになるのですが、
    父が生まれ育った丹生に、たまらなく心が惹きつけられます。
    きっと私のDNAのどこかに、遠い祖先から受け継いだ
    遥か昔の丹生の記憶が刻み込まれているのでしょう・・・
    なんて、センチメンタルすぎますね。(^^;)

    おっしゃる通り、医者もなく公共の交通機関も皆無に等しく
    過疎化する一方のあの土地で育っていたら、
    感傷に浸ってばかりもいられなかったと思います。
    現に、私の祖母も祖父亡きあと長く一人で家を守ってきましたが
    昨年祖父のもとに旅立ち、家は空家になってしまいました。
    切ないけれど、どうしようもない現実です。

    しかし、丹生の人はみんな、そうなのかしらん??
    番地を書かないで年賀状を出すっていうの。
    私も、ずっと番地なしで書いていましたので
    やはり、今でも番地を知りません。f(^^;) 

    ところで廃校になった小学校の近くにあった
    角キヨとか魚与って今もあるのですか?
    (うわっ、ローカル!)
    過去のページで弘喜堂の写真を見つけた時はうれしかったですし。
    (食べ物屋ばかりか・・・)
    そんなことを書いていると、また懐かしさが溢れてきました。

    星、本当にすごかったです・・・

    では、おやすみなさい。
  • とってもローカル・トーク
    2006/09/04 03:58
    ★mao_catさん

     こんにちは。
     田舎って、行ってしまうとなんだか急に遠いものになってしまいます。(^^;
     行く前は楽しみ半分、ちょっと面倒だなって気持ち半分で、ずっと頭の中に居座っているんだけど、帰ってきたとたんに忘れてしまう。無責任といえば無責任だし、それが故郷っていえばそうなのかもしれませんね。
     それにしても、もしmao_catさんが今でも丹生へ行っていたとしたら、現地でばったり出会う確率はかなり高いですよね(笑)。
     いや、実はずっと昔に大師さんあたりですれ違っているかも?

     育ちは大阪ですか。大阪はあんまり縁がないんだけど、豊中に母方の親戚が住んでいて何度か行ったことがあります。
     水道水が強烈だったという印象が(笑)。
     一度大阪の街もゆっくり回りたいと思いつつ、なかなか近くて遠いです。

     番地なしで手紙が届くってのはやっぱり一緒でしたか。あはは。
     住んでるばあちゃん本人も知らないんじゃないかなぁ。(^^;
     大師前の郵便局員は村の中の住所氏名を完全に把握してるんでしょうね。
     でも、この前宅急便で荷物を送るときに番地を訊かれて、そういえばクロネコじゃ分からないものなとあらためて思ったのでした。狭い村とはいっても、手がかりなしじゃ荷物は届けられないですもんね。(^^;

     弘喜堂や魚与あたりはみんなしっかりあるから安心してくださいね。(^^)
     魚与は、帰郷したとき、いつも夕飯の弁当を頼んでます(笑)。
     しかし、ホント、ものすごくローカルな話ですねー。はは。

     星空はいつからあんなことになってしまったのか、この前デジカメで写真を撮ったら全然星が写ってなくてびっくりしたのでした。
     丹生でさえあんなだから、日本の空は本当に汚れてしまったんですね。
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