
Canon EOS 10D+Super-Takumar 50mm(f1.4), f4.0, 0.4s(絞り優先)
この写真をひと目見て、おおっ、こ、これはっ!? と思う人がどれくらいいるだろうか。すぐに分かったという人は、きっと30代以上だと思う。1970年代から80年代にかけて思春期を過ごした人々だ。
長年秘蔵していた私の睡眠学習枕が、このたびついに日の目を見ることとなった。雑誌の特集で使いたいからちょっと貸して欲しいという依頼が来たのだ。何の特集か深く訊ねてはいけない。なんとなく想像はつくだろうけど。
睡眠学習枕……。なんて甘くて酸っぱい響きなんだ。それはまるで、昔書いて出したおバカなラブレターのようだ。あの頃、みんな若かった。
私がこいつの存在を知ったのは、たぶん何かの雑誌でだったろうと思う。中学生のときだったはずだから、当時購読していた「中一時代」か何かだろうか。さだまさしファンだった素直な中学生の私は(さだまさしと睡眠学習枕に直接の因果関係はない)、雑誌に載っていた誇大広告、いや、体験談にこれはすごそうだなとひどく感心したのだった。
「ねている間に差をつけろ これが僕らの合い言葉!!」
「睡眠学習の威力! この枕ひとつで眠っているうちになんでも覚えられる驚異の学習法!」
「これを使ったら、偏差値が40から60に上がりました!」
「睡眠学習枕のおかげでクラストップになって女の子にモテるようになりました。ありがとうございます」
こりゃ、買うしかないな、と特に疑いもせず、迷うこともなく心を決めた私は、この頃から自分の記憶力には難があることをよく自覚していた。とはいえ、中学生のおこづかいで買えるほど安いものではなかった。確か3万円以上したんじゃなかったかと思う。大人の今でも迷う金額だ。それでも結果的に今でも手元にあるんだから、どうにか親を説得して買ってもらったのだろう。そのへんの記憶ははっきりしていない。いかに睡眠学習枕が優れものかということを力説する私に親が負けたのだと思う。父親は父親で、ヘッドホンからアルファ波とシータ波が出て脳がすごいことになるという怪しげなものを買っていたくらいだから、似たもの親子と言えばそれまでだ。
睡眠学習枕を買えなかった人は(買わなかっただけだって?)、枕の中にテープレコーダーが仕込まれていると思っている人がいるようだけど、そうじゃない。枕に入ってるのはスピーカーだけだ。スピーカー入りの枕がなんで3万円もするんだよと早合点してはいけない。ちゃんとタイマーも付いている。おやすみタイマーと、おはようタイマーが。じゃあ、タイマー付きのスピーカー入り枕が3万円じゃないかとあなたは言うだろう。確かにその通り、返す言葉がないのである。
カセットデッキは自分で用意して、線で枕とつなぐ仕組みになっている。それがタイマーと連動してテープが動いたり止まったりするというわけだ。ただし、もうひとつの目玉として、エンドレステープが付いてくるというのがあった。もはやカセットテープというものがどんなものかよく知らないという若者も多いかもしれないけど、テープはビデオテープの音楽版のようなもので、終わりまで行ったらそこで止まりで終わってしまう。リバースデッキなんてのが出てきたのはもっと後のことだった。なのに、エンドレス。なにしろエンドがレスなのだからすごいと、わけも分からず感動する私なのだった。
ここまで説明してもまだ睡眠学習枕について具体的な使い方がイメージできない人もいるかもしれない。要するに、そのエンドレステープに自分が覚えたい英単語や歴史年表などを自分で吹き込んで、カセットデッキにセットして、眠りながら聞いて覚えるのだ。あるいは、おはようタイマーをセットして起きる1時間前に流して覚える。
考えてみると、ほとんど自給自足のこのシステム。枕なんてなくてもできるんじゃねぇかと思わないでもない。確かに、外部のカセットデッキをタイマーでコントロールすれば同じことができそうではある。いやいや、頭の下から聞こえてくるところがミソなのだ(そう思いたい)。ヘッドホンやイヤホンでは寝てる間に外れてどっか飛んでいきそうだし。あくまでも睡眠学習枕に対する私の信頼は厚い。
使い始めて数日後、これを購入した多くの人がそうであっただろう疑問に私もぶつかることになる。これってホントに効いてるの? という大いなる疑問だ。しかし、その問いの答えは今もって出ていない。たとえるなら、これが効かないということを証明するのは、神様が存在しないことを証明するのと同じくらい不可能なことだからだ。
理屈としては大いに共感する部分もある。人間の脳波は日常生活を送っているときのベータ波と、リラックスしてるときのアルファ波、更に静かな状態のときはシータ波が出ていることは科学的にも証明されいる。そして、人間は眠りについてすぐと起き出す前にシータ波が出ているので、この時間に脳に刺激を与えることで潜在意識に記憶させるというのは実に理にかなっている。この分野は日本の大学でも外国でも研究されていることからも、満更うそっぱちでもないのだ。
それに、睡眠学習枕には知られざるもうひとつの効果がある。それは、自分で覚えたいことを吹き込むという行為自体に秘密が隠されている。要するに、覚えるためには声に出して言えというやつだ。カセットに吹き込んだ時点で暗記の8割か9割はすでに完了してるとさえ言えるのだった。カンニングをしようとカンニングペーパーを作ったら覚えてしまっていたというのに似ている。やっぱり枕なんていらないじゃないか! と思うのは痛い目を見てない人の理屈だ。買ってしまった人間としてみたら、少しでも元を取らなくてはいけないと必死になる。3万円だから少なくとも3ヶ月は使わないとといったように。私も確か半年くらいは使って、その後は普通の枕として使っていたような記憶がある。
思えばこの3万円という値段設定は上手かった。これ以上高かったら誰も買わなくなるし、1万円とかだったらもっと多くの人が気軽に買って、すぐに使わなくなって、現在のような伝説的なグッズにはなっていなかったに違いない。そこまで深い読みがあったとも思えないけど、やるな、(株)三井企画。社長いわく、50万台は売れたというけど本当だろうか。それにしては周りに持ってるやつはいなかったぞ。それとも、みんな恥ずかしくて言い出せなかっただけだろうか。
三度ほどモデルチェンジが行われたそうで、私の持ってるやつは、model-2001とある。まさか、21世紀を先取り気分で付けられた型番なんだろうか?
実は睡眠学習枕、21世紀の今も形を変えて販売されているというからちょっと驚く。やはり理屈としては間違ってなかったのだ。といっても本家の三井企画ではなく、別の会社でだけど。スタイルは洗練されて、枕としても睡眠を重視したものとなっている。値段は1万5,000円ほどだから、さほど高いものではない。学習用というよりも、リラクゼーション効果のある音楽を流すなど、眠りの方に主眼が置かれているようだ。
睡眠学習枕を買ってダマされたとか後悔したとか、そんなことはまったく思わない。送られてきたものを見たときから、これは将来いい話のタネになるぞという予感めいたものがあったし、こうしてブログの記事になったり、人の役に立ったりしたから、充分元は取ったと言えるだろう。
あなたもひとつ、どうですか、睡眠学習枕。いいですよ、これ。自分の声を聴きながら眠るのはどうなんだという人には、私、いい方法を思いつきました。カレシ、カノジョに吹き込んでもらうんです。カノジョの読み上げる歴史年号と共に眠りにつき、カレシのささやく英単語で眠りから目覚める。うーん、なんて素敵な眠りなんだ。好きな人の声を聞いて幸福感に満たされながら同時に学習もできてしまうというこの画期的なアイディア。三井企画に企画を持ち込みたいくらいだ。有名人バージョンのカセットテープも売り出したら、第二次睡眠学習枕ブームが到来するかも!?