夜鳴きコチドリは21世紀の日本で何を思い鳴く

野鳥(Wild bird)
初めて見たチドリはコチドリ

Canon EOS 10D+EF75-300mm USM(f4-5.6), f6.3, 1/320s(絞り優先)



 夏鳥は冬鳥に比べて撮るのが難しいからまず無理だろうとあきらめていた。確かに野山では新緑以降、茂った葉に視界をさえぎられ、姿を見つけることがぐっと難しくなった。レンズも300mmの暗いものではかなり厳しい。けど、田んぼにも夏鳥はいた。これは気づかなかった。気づいてみれば、田んぼくらい撮りやすいところはない。
 アマサギに続いて初対面のコチドリと遭遇。千鳥足でお馴染みのチドリの中で一番小さいからコチドリ。もっとありふれたチドリでもある。私は初めてだったので嬉しかったけど。
 夏鳥ということは、こいつも外国から渡ってくる鳥だ。冬場の寒いときはユーラシア大陸の南やインド、アフリカなどで過ごし、春になって暖かくなると北の方へ繁殖のために渡ってくる。日本では北海道から九州までの広い地域で見ることができる。九州ではそのまま冬を越してしまうやつもいるらしい。
 シギやチドリというと、海の浅瀬や河口にしかいないと思い込んでいたら、こんな街の田んぼにいたんだ。知らなかった。この場所は何百回も通っているのに、興味と知識がないと見えないものだ。
 生息域は、水のそばならどこでもいいようで、海や川はもちろん、ダムの近くや荒れ地などでもくらしていけるらしい。なかなかにたくましいやつだ。

 遠くから見るといたって地味な姿をしている。灰色の背と白い腹は、田んぼや河原などでは目立たない。近づいてよく見ると、目の周りが黄色く縁取られていたり、黒いマフラーを巻いていたりして、控え目ながらオシャレさんだったりする。クチバシは黒で、足はオレンジ。冬場は目の黄色も薄くなり、更に地味な装いになる。
 オスメスは同色で、細かく見ればオスの方が首巻きも目のアイシャドーも広めというんだけど、そんなものを見分けられても一般の人に向けての自慢のタネにはならない。ヒヨコ見分け名人はすごいと思うけど。
 ちょっとしたミニ情報としては、コチドリは110円切手のデザインになっているというのがある。ただしこれも、人に話したところで110円切手なんて使ってる人はめったにいないので、何それと言われておしまいとなる可能性が高い。
 日本で見られるチドリは12種類。その中でよく見られるのがコチドリ、シロチドリ、イカルチドリあたりで、コチドリとイカルチドリはよく似ている。黄色いアイリングがはっきり見えたらコチドリでいいと思う。シロチドリは足が黒い。
 大きさは15センチくらい。小さいといえば小さいけど、インコのようなサイズではなく、近くで見るとそれなりの存在感はある。
 エサは、海辺ならカニやゴカイなど、淡水域ではミミズや昆虫などをとって食べる。
 チドリはメスに対するオスの求愛ダンスが有名で、一所懸命踊ってアピールして、メスが受け入れると喜び勇んで背中に飛び乗る。
 卵は4、5個。窪地に灰色の石ころのような卵を産んで、オスメスで温め育てる。
 ヒナは独立心が強く、生まれて半日くらいでもう自力でエサを探そうとし、ひと月もしないうちに巣立ちする。

 千鳥足の由来は、このチドリの歩き方から来ているのだけど、実際のチドリはあんなよろめいたような歩き方はしない。もっと不意打ちのように素早く歩いてエサをとらえる。多少よろめいたようなジグザグ歩きになるのは、普通鳥の足は後ろに一本出ていて支えるようになっているのに、チドリは前に3本しかないためだ。よくそれでバランスが取れるものだ。でも、3本指なので木の枝にとまったりするのは苦手に違いない。というか、できないのかもしれない。
 コチドリでもうひとつ有名なのが、擬傷と呼ばれる行動だ。子育ての最中などに外敵が近づいてくると、わざと傷ついたようなフリをして注意を自分に惹きつけて、巣から引き離そうとするのだ。翼をだらりと下げたりバタつかせたりして。そして自分の方に向かってきたら逃げる。なかなかに賢い戦法と言えるだろうけど、不良にカツアゲされそうになったときにこの手が使えるかといえばそれは難しいだろうから、あまりオススメはできない。

 コチドリは、夕暮れ時になると、ピーヨ、ピーヨ、ピューピューと、どこかもの悲しげな澄んだ鳴き声で鳴き始める。誰かを呼んでいるのか、それともただ歌うようにさえずっているだけなのか。
 その鳴き声は人の心を捉え、万葉集の昔から詠われてきた。柿本人麻呂は、「淡海の海夕浪千鳥汝が鳴けば心もしのに古思ほゆ」と詠い、紀貫之は、「思いかね妹がりゆけば冬の夜の川風寒くちどり鳴くなり」と詠んだ。どちらも悲しげだったり寒々しい感じがするのは、千鳥が何故か冬の季語になっているからだ。
 松尾芭蕉も鳴海宿(現在の名古屋市緑区)を訪れたとき、「星崎の闇を見よとや啼く千鳥」と詠った。
 ありふれた野鳥にも、人との長い歴史や隠れたドラマがある。だんだんすみづらくなっていく日本によく来てくれていると感謝したい。他にもっと静かに子育てができるところもあるだろうに。私に何ができるわけではないけど、せめて無関心でいないようにしたい。まず一歩目として、関心を持つことから大切にしたいという気持ちが生まれると思うから。
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