西尾劇場という風景

施設/公園(Park)
西尾1-1

PENTAX K-7+PENTAX DA 16-45mm f4



 西尾の駅前に、大変古い映画館がある。その名は西尾劇場。現在でも映画が上映されている。
 昭和15年(1940年)、西尾の駅前を賑やかにしようと、岡崎公園近くにあった龍城座(たつきざ)を移築して、西尾劇場と名付けた。
 当時の西尾は、あらたな都市計画の元、イギリスの田園都市をモデルに、駅を中心に放射状に伸びる街造りを進めているところだった。その目玉としたのが、この西尾劇場だったというわけだ。
 ただし、何故か駅にお尻を向けて建っている。駅から歩いていくと、古びた裏手にぶつかるので、少々戸惑う。
 最初は歌舞伎などを見せる芝居小屋としてスタートした。しかし、戦局の悪化と共に芝居どころではなくなり、戦後はGHQによって映画も管理されていたため、昭和21年から日米講和条約締結の昭和26年まで、ハリウッド映画専門の映画館となっていた。
 その後、西尾劇場は芝居小屋兼、映画館として再出発することになる。正面には舞台があり、スクリーンもある。花道もそのまま残っていたというから、奇妙な映画館だ。プロレスやストリップの興業をやったかと思えば、美空ひばりも舞台に立ったという。
 やがて日本映画の全盛時代が訪れる。劇場の賑わいや活気というものは、私たちの世代には想像することが難しい。古き良き時代の昔話だ。
 戦後、数多く建てられた映画館は一つ、また一つと閉館されていった。近年、シネコンがそれに追い打ちをかけ、昔からの映画館は本当に少なくなった。
 そんな中、西尾劇場は親子三代によって守り続けられている。今日も訪れる人は少ない。たぶん、明日も、あさっても。
 私が訪れたときは、残念ながら映画がかかっておらず、中に入ることはできなかった。ここはいつ上映されているのか、よく分からない。一日一回かもしれない。上映中であれば、館内で営業している駄菓子屋には自由に入ることができる。映画『20世紀少年』のロケで使われていた。
 映画館のまわりも、時が止まったような空間になっている。やや言葉を失いつつ、ぐるりと歩いて写真を撮った。
 今回は、リバーサルフィルム風仕上げにした。モノクロや銀残しも考えたのだけど、あえて強い色調のパキっとした調子がこの風景には似合う気がした。

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 横手にある小屋のような建物。窓が二つ並んでいる。かつてのチケット売り場だったところではないかと思う。
 映画館の「もぎり」という言葉も最近は使われない。

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 昔はここにポスターやお知らせの紙などを貼ったのだろうか。貼ってははがし、また貼ってははがし。
 テープの跡を残して、今は赤く錆び付いている。

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 横手に回ってみる。移築当時は巨大な木造建築だったそうで、横から見るとそれが分かる。
 正面はコンクリートなのかモルタルが塗られているかしていて、裏手はトタンで覆われているから、木造建築という感じはしない。

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 裏手はこうなっていて、駅の正面を向いている。
 うっすらと西尾劇場という文字が読める。

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 なんだか全体的にえらいことになっている。
 飲食街だった当時の面影を残しつつ、時に取り残されている。

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 見上げると、空の青さが少し悲しかった。
 看板には「お食 どじ」の文字が残されている。どしょうを出す店があったのだ。

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 右手に見えているのが西尾駅のロータリーで、とてもきれいになっている。
 かつての飲食街通りとのギャップが激しい。でも、この一角が再開発されずに残ったのを喜びたいと思う。
 スナックらしい看板には「みちづれ」とある。

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 向こう三軒両隣が道連れになってしまった感がある。

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 どこから始まったもじゃか分からないけど、建物を超えてつながっている。

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 ヤクルトももじゃっていた。建物に人の気配はない。

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 さろんどみもざ。アクセサリーの店だったようだ。

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 一周回って正面に戻ってきた。
 今かかっている作品は、『これでいいのだ!』だった。確かにそう、これでいいのだ。西尾劇場はずっとこのままでいて欲しい。
 いつか機会があれば、ここで映画を観よう。中の写真も撮らせてもらいたい。
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