半田から武豊の鉄道風景

飛行機(Airplane)
半田から武豊-1

PENTAX K-7+PENTAX FA 50mm f1.4 / DA 16-45mm f4



 亀崎へ潮干祭を見にいった日、半田から武豊と回った。武豊線に乗り、駅周辺を散策するというのも、この日の目的の一つだった。
 武豊線にはいくつか見所がある。日本最古の駅舎とされる亀崎駅の他、JRの現役最古の跨線橋が半田駅に残されている。明治43年(1910年)に作られたものだそうだ。
 当時としてはモダンなデザインの跨線橋だったのではないかと思う。
 隣にある赤レンガの建物は、夜間信号機の火に使う灯油が保管されていた小屋で、こちらは明治42年のものだという。

半田から武豊-2

 跨線橋の中。床が補強されていたり、階段に手すりがつけられていたりと、ある程度の改築は行われている。ペンキも何度も塗り直していることだろう。
 細かく見ると、あちこちに穴が空いていたり、そこをテープでふさいでいたりするのを見つける。

半田から武豊-3

 駅舎やホームも古めかしいというか歴史を感じさせる。
 武豊線の開通は明治19年で、そのとき半田駅もできている。愛知県では最も古い駅の一つだ。

半田から武豊-4

 武豊行きの列車が入ってきたところ。

半田から武豊-5

 半田駅のすぐ近くに、SLが静態保存されている。
 半田市鉄道資料館が隣接しているのだけど、ここの開館は第1、第3日曜の月2回のみなので、たまたま行って開いている確率はすごく低い。
 かつてJR乙川駅近くにあったもので、こちらに移設されてきた。何が展示されているのか知らないけれど、資料館自体は小さなプレハブ小屋だ。
 蒸気機関車はC11265。
 腕木式信号は、昭和52年まで東成岩駅で使われていたものだそうだ。

半田から武豊-6

 終点の武豊駅に到着した。
 ところで武豊は、「たけゆたか」ではない。「たけとよ」と読む。武豊が有名になって武豊も知られるようになったかといえば、どうだろう。武豊にはこれといった観光施設もなく、愛知県民でも訪れることはめったにない。
 終着駅で、折り返し運転なのに、右の方に線路が二本見えている。貨物を運ぶ線路があった時代の名残のようだ。
 その廃線跡がどうなっているのか、このあと歩いてみた。

半田から武豊-7

 車止めから先は、特に何も使われていない空き地になっている。
 武豊駅開業当時は、今よりも駅はもっと南だった。その駅はのちに貨物駅の武豊港駅として使われるようになり、昭和40年に廃止された。

半田から武豊-9

 線路が通っていた場所は、草が生い茂っているだけで何も残っていない。何年か前まで枕木だけは残っていたようだけど、今はそれも撤去された。

半田から武豊-10

 線路跡にポケットパークと名付けられた小さな公園が作られている。ちょっとした桜トンネルになっている。

半田から武豊-11
 駅から15分ほど歩いたところに、転車台が復元展示されている。武豊港駅があったのはこの場所だ。
 鉄製直角二線式という珍しい方式らしいのだけど、他のものと比べてどこがどう珍しいのか、私には分からない。

半田から武豊-12

 JR武豊駅の西南600メートルほどのところに、名鉄知多武豊駅がある。こちらは更に南の河和まで伸びていることもあって、JRよりもずっと利用客が多い。

半田から武豊-7

 知多豊田駅のホーム。こちらは複線だ。
 駅の開業は昭和7年。

半田から武豊-13

 駅裏というのか、駅前というのか、なかなかに味わい深い通りになっている。

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 パノラマカーがやって来た。

半田から武豊-15

 再び、JR武豊駅近く。

 今回は鉄道にまつわる写真だけだったけど、これだけで散策を終えたわけではなく、武豊の町も歩いてきた。最近は、蔵の町として売り出しているようで、案内標識なども整備されて、多少なりとも観光客を呼ぼうという姿勢が見えた。次回はそのあたりを紹介したいと思う。
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