
飯盛山へ行った目的はカタクリだけじゃなかった。他にもいくつか見たことがない野草が咲いているという話だったので、それも撮りに行ったのだった。
これはその中のひとつ、ニリンソウ(二輪草)だ。と思う、たぶん。
パッと見よく似てるキクザキイチゲが少し離れたところに群生していて、最初どちらも同じものだと思いつつ両方撮って、家に帰って確認したら別の野草だった。で、こちらはニリンソウでいいはず。よく見ると花の太さや数が違う。キクザキイチゲは葉の切れ込みがもっと深いし、花の感じも少し違う。
しかし、ここで油断するのはまだ早い。更によく似たイチリンソウとサンリンソウというものがある。そもそも、一本の茎からふたつの花を咲かせるところからニリンソウと名づけられ、同じように一本にひとつでイチリンソウ、一本にみっつでサンリンソウとなった。花はよく似ていて、区別は難しい。
更に難しくさせているのは、ひとつしか咲かないニリンソウがあり、ふたつ咲くイチリンソウがあるということだ。ふたつ咲くニリンソウも時間差で咲くから、途中で見るとイチリンソウに見える。
まったくもって手に負えないニリンソウ問題だけど、見た目の印象として、イチリンソウの方が葉っぱの切れ込みが深くて、花も大きく、おしべめしべがぎゅっと詰まってる感じ、というのがある。一通り出会って自分で写真を撮ることができたら、もう少しはっきり区別がつくようになるかもしれない。
まったく関係ないけど、サンリンソウは、チャンリンシャンに響きが似ている。チャンリンシャンって何だ? って人は、お父さんかお母さんに訊いてください。って、ややこしいこと言うなよ、私。
原産は日本と中国。現在は、北海道から本州、四国、九州まで分布していて、それほど珍しい花というわけでもない。ただし、生活圏ではおそらく見ることはないだろう。沖縄はどうなんだろう。
低地の林から山の中まで、やや湿ったところに群生してることが多い。大きさは2センチと、大きすぎず小さすぎずほどよい感じ。暗い林などでは白い花がよく目立つ。
いや、花じゃないのだ、これ。実は花びらのように見えるのはガクで、ニリンソウに花びらはない(イチリンソウやサンリンソウも同様)。ガクは通常5枚と言われているけど、写真のように6枚だったり7枚だったりもする。ガクが緑色をしたミドリニリンソウというものもある。
キンポウゲ科で、学名はAnemone flaccida。アネモネはギリシャ語の風を語源とする言葉で、直訳するとやわらかい風。風に吹かれて顔を伏せる可憐な乙女をイメージさせる。白いガクをよく見ると、ほんのりピンクがかっているから、よけいに。
ニリンソウの葉っぱや茎はゆでておひたしにして食べられるそうだ。北海道あたりでは山菜フクベラなどと呼ばれていて、けっこう美味しいらしい。ただし、若葉は猛毒のヤマトリカブトの葉っぱとそっくりらしいので注意が必要だ。キンポウゲ科の植物はたいてい毒を持っている。フクジュソウの葉っぱも毒だ。
知らないだけで食べられる野草もたくさんあるけど、チャレンジ精神だけでむやみに野草を摘んで食べるのはやめておいた方がよさそうだ。
ニリンソウもキクザキイチゲも、カタクリと同じ時期同じ場所に咲くお友達だ。好みの気候や生育条件が一緒なのだろう。イチリンソウ、サンリンソウも同じく、春にだけ姿を現してすぐに消えてしまうスプリング・エフェメラルだ。5月になれば、あれほど咲き誇っていたものが影も形もなくなってしまう。
しかしこれはすごく不思議なことに思える。同じ山の同じ場所に、季節ごとに花が咲いては枯れ、枯れてはまた別の花が同じ場所に咲くというサイクル。場所の棲み分けとは違う、時期をずらしたシェア、これが自然界では本当に上手くいっているなと感心する。土の中ではどんな譲り合いが起こっているのだろう。
みんな、自分が咲く季節を間違えたりもしない。指定券の席に座ろうとしたら誰かが座っていて、おい、おっさん、そこオレの席だぞ、などとモメることもない。花同士の勢力争いで勝ったり負けたりというのがときには起こるけど、基本的に野草の敵は人間だけなのだろう。だからせめて、歩いたり写真を撮るときには花を傷つけたりしないように気をつけている。
一本の茎からふたつの花が咲くニリンソウ。春の間だけの短い出会いと別れ。そんな彼らには、私から柏原芳恵のハロー・グッバイの歌をプレゼントしたい。なんだその歌、知らねえっての、と平成生まれのニリンソウたちには不評を買ってしまうだろうか。でももしそんなことを言ったなら、紅茶のおいしい喫茶店へ行って葉と茎をジューサーで絞ってハローの文字の入ったカップに入れて銀のスプーンでぐるぐる回しちゃうぞ、こいつぅ~(言い回しも80年代風)。