初めての名古屋まつりを堪能した週末 <第一回>

名古屋まつり1-1

PENTAX K-7+PENTAX DA 16-45mm f4 / DA 55-300mm f4-5.8



 先週の土日に、名古屋まつりが開催された。全国的にはあまり有名ではないと思うけど、名古屋では一番大きな規模の祭りだ。
 昭和30年(1955年)に始まり、今年で56回目となった。これだけ続けば、もはや伝統的な祭りと言ってもいいかもしれない。
 実は、名古屋生活が長い私なのに、名古屋まつりはこれまで一度も見にいったことがなかった。どこかへ行ったときの行き帰りにばったり遭遇したことはあっても、わざわざこの祭りだけを見にいこうとは思わなかった。
 今年はいろいろ初めてづくしの年だから、名古屋まつりも一度見にいってみようと思い立った。トリエンナーレも絡めつつという思惑もあった。
 上の写真は、土曜日の名古屋駅前の様子だ。中央に小さく写っているのが信長役の人で馬に乗っている。沿道は大勢の観客で埋め尽くされていた。
 コースは土日で違って、土曜は名古屋駅から矢場町まで、日曜は市役所から赤門までというルートだった。
 名古屋まつりといっても他県の人はどんな祭りか知らないと思う。見てきたのに、なんといって説明したらいいのか分からないのだけど、簡単にいうと一般公募で選ばれた人が、信長、秀吉、家康の郷土三英傑に扮して、名古屋の街を練り歩くというものだ。それに伴って、いろんなパレードやイベントなどが行われる。もともと神社などの祭礼ではなく、商業まつりとして始まった。神事ではないのに山車が曳き回されるのは、名古屋東照宮の名古屋祭が由来となっている。
 そんなわけで、何回かに分けて、名古屋まつりで撮ってきた写真を紹介したいと思う。あまり楽しげではないと感じたとしたら、それは私のせいでもあるけど、私だけの責任ではない。そもそも名古屋まつりというのは、そんなに楽しいものではないのだ。ニュースなどでは昔からよく見ていて、だいたい想像していた通りだった。私の写真がきっかけとなり、来年に向けて少しでも興味を持ってもらえればいいのだけど、さてどうだろう。

名古屋まつり1-2

 今年の三英傑は、どの人もよく似合っていた。信長も信長らしかったし、秀吉も家康もそれっぽかった。
 残念なのは、カツラがコント用っぽいところだ。もっと本格的な時代劇風のものにもできるはずだ。山田かつらさんに頼めなかったのか。
 三英傑は、それぞれ地元百貨店の三越、丸栄、松坂屋が提供している。どの程度の出資額かは想像がつかないけど、決して安い金額ではないはずだ。お付きの総勢は700人もいる。全員の衣装や手当も百貨店持ちなんだろうか。それにしても、カツラだけお金が回らなかったとは考えにくい。

名古屋まつり1-3

 三英傑ゆかりの姫役も、祭りに華を添えている。濃姫とか、ねねとか、千姫とか。
 以前は百貨店の女性店員がやっていたようだけど、最近は公募のコンテスト形式になったと聞いた覚えがある。
 この人など、おひな様のようだ。

名古屋まつり1-4

 三英傑はおじさんたちだけど、姫たちは若い女の子だから、モデル撮影会と思えば楽しい。せっかくだから、きれいに撮りたい。

名古屋まつり1-5

 何故か、大谷吉継隊が参加していた。関ヶ原では西軍の主力として東軍の家康と敵対した武将だ。名古屋とも縁やゆかりはないはずだ。
 三英傑の他に、配下の武将たちもそれぞれ扮して参加しているのだけど、反家康の大谷吉継がいたのはどうしてだろう。吉継は本来、家康側の人間で、東軍で戦うはずだったのが、石田三成との友情によってやむなく西軍側になったとされているから、そのあたりの事情を与して名古屋まつりに参戦したのだろうか。
 三英傑は百貨店が受け持っているとして、こういう個別の部隊の人たちは誰が衣装などを用意しているのだろう。まさか、趣味で集まった人たちというわけでもないだろう。

名古屋まつり1-6

 外国人も物珍しかったようで、楽しそうに写真を撮っていた。これぞニッポンの本欄の姿と思っただろうか。姫役の人たちはゲイシャガールと思ったかもしれない。
 行進しているのは、少年鼓笛隊の少年少女たちだ。演奏していたのは、新政府軍の行進曲に似ていた気がするけど、違う曲だろうか。

名古屋まつり1-7

 外国人ビジネスマンも、思わず立ち止まって携帯のカメラで写真を撮っていた。本国の友人に送って見せてあげると喜ばれそうだ。

名古屋まつり1-8

 中心街の道路を長時間に渡って大がかりに封鎖して行われるから、何も知らずに車で名古屋市街地へ来た人は気の毒だ。かなりの渋滞に巻き込まれることになる。
 道路を横断しているのは、シャチばやし隊の面々だ。

名古屋まつり1-9

 セントラルパークの各広場でも、さまざまなイベントが行われていた。
 屋台の上で踊っていたのは、ハワイアンの人たちだったか、違ったか。
 飲食店の屋台も、たくさん並んでいた。

名古屋まつり1-10

 別の会場ではヘアメイクの実演会などもあった。
 時間の都合で祝い菓子まきに参加できなかったのは残念だった。

名古屋まつり1-11

 すっかりお馴染みになった、おもてなし武将隊も、当然やって来ていた。かれこれ3、4回は見ただろうか。テレビでもよく見るし、顔も覚えてしまった。追っかけの女の人たちの声援が飛んでいた。
 最初は名古屋市の緊急雇用対策のためにハローワークで募集して選ばれたメンバーだったのが、少しずつ知名度が上がるとともに人気が出て、当初2010年9月までの半年限定の予定が、2012年まで延長されることになった。意外なところにチャンスは転がっているものだ。

名古屋まつり1-12

 パレードが終わった夕方、三英傑と姫たちが一堂に会する機会があった。
 これは家康の音頭で勝ちどきをあげている場面だ。エイエイ、オー。

名古屋まつり1-13

 各地のゆるキャラも集まっていた。
 はち丸は名古屋のゆるキャラということになるんだろうか。

名古屋まつり1-14

 これは初めて見る。犬山のゆるキャラ、わん丸君というらしい。

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 郷土芸能の正調名古屋甚句とかまで見てしまった。どれだけ名古屋まつりを堪能してるんだと、自分でも思った。
 このあと、名古屋城へ移動して、清洲越夢歩きを見にいった。そのときの様子は、また次回ということにしたい。
 つづく。

2 Comments

通りすがり  

大谷さん…

他にも三成さん小早川さんも居ましたよ。
栄などでの合戦パフォーマンスで関ヶ原をやってました。
だから行列に西軍武将も混じってるのね…



通りすがりにスミマセン

2010/10/28 (Thu) 22:50 | REPLY |   

オオタ  

それで納得

★通りすがりさん

 こんにちは。
 石田三成や小早川秀秋もいたんですか。
 関ヶ原合戦パフォーマンスがあったのは知らなかったです。
 なるほど、それで西軍の面々が必要だったんですね。
 納得しました。教えていただいてありがとうございます。

2010/10/29 (Fri) 01:46 | EDIT | REPLY |   

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