
その位置でのツートンってどうなんだろう、マレーバクさん。
そんな問いかけを投げかけたくなる彼女だけど、アタシは2,000万年前からこれでやってきたんだから放っといておくれ、キューン、キューンと答えるんじゃないかと思う。薄暗いジャングルの中じゃ、これがカモフラージュになるのさ、と。
でもそうは言われても、この位置でのツートンはないなと個人的には思う。もしパンダがこのツートンだったら今の人気はなかっただろうし、ツートンの位置ってけっこう大事だ。パトカーだって、前から見たら黒で、ボンネットの後ろ半分と後ろドアの上だけ白というカラーリングだったら俄然迫力に欠ける。市民から苦情だって来るかもしれない。
マレーバクは、2,000万年前からほとんど姿が変わっていない、もっとも原始的な有蹄類だと言われている。蹄(ひづめ)があるサイやウマの仲間で、奇蹄目(蹄の数が奇数)に分類される。前足の指は4本、後ろ足が3本で、水中での移動や泥の地面でも動きやすいようにできている。
伸び縮みするゾウのような鼻と、サイのようなオレンジ色の目も特徴的で、キバも隠し持っている。手足と体のバランスはあまりしっくりいっているような感じがしない。しっぽはこんなもの必要なんだろうかというくらいの短いものが付いている。本人は充分これで気に入ってるのかもしれないけど。
東南アジアでは、神様が余った動物のパーツを組み合わせて作ったんだと言われているんだそうだ。そう言われても仕方がないところはある。
ボディサイズは、けっこう大きめ。全長2.5m、高さ1m、体重は300kg、なのにしっぽは10cm。上から見るとくさび形をしているのは、ジャングルの藪の中を駆けるためだ。伸びる鼻は、水中に潜って移動するときシュノーケルのようにして使う。なかなか便利な体だ。天敵のトラから逃げるときに役に立つ。
性格はおとなしいというより臆病で、だからこんなにも長い歳月を生き延びることができたのだろうと言われている。
アジアにいるバクはこのマレーバクだけで、ミャンマー、タイ、マレー半島、インドネシア、スマトラなどの原生熱帯雨林に生息している。中南米には、ブラジルバク、ベアードバク、ヤマバクの3種類がいて、こいつらは褐色をしていてたてがみがある。白黒ツートンはマレーバクだけだ。
夜行性でたいてい単独行動をしている。連れだって行動してるのは母親と子供だ。水辺が好きで、木の実や果実、水草などを食べて暮らしている。動物園では、干し草やリンゴ、ニンジン、イモなどをもらっているそうだ。
妊娠期間は一年ちょっとと長く、たいていは一人っ子で生まれてくる。お父さんはまったく育児に参加しない。子供は、生まれてから3ヶ月くらいはイノシシの子供のような姿をしている。焦げ茶の縞まだら模様でとってもかわいいのだ。ここから白黒ツートンになるとはとても想像できない。
寿命は最大30年くらいで、飼育下では20年程度しか生きられてないようだ。動物園の方が長生きする動物と、動物園では長生きしない動物がいる。性格の違いなのか、環境のせいなのか。
日本の動物園に初めてマレーバクがやってきたのは、明治36年、大阪の天王寺で開催された勧業博覧会だそうだ。初めてこいつを見た日本人は驚いたんじゃないだろうか。バクという動物そのものを知らなかった可能性も高い。
ところで、バクというと夢を食べる貘を思い浮かべる人も多いかもしれない。あれはこのバクのことではない。貘は中国の伝説上の生き物だ。ただその貘は、ゾウの鼻、サイの目、ウシの尾、トラの足を持っていて、人の悪い夢を食べると言われおり、それに似てるからバクと名づけられた。そういう意味では深い関わりがある。
東山動物園では、今年の2月、赤ちゃんが生まれた。産んだのは写真のドリー9歳だ。去年オスが死んでしまったから、今回の出産はドリーも関係者も喜んでいるに違いない。子供のマレーバクも公開されている。
しかし少し前、飼育員が子供の寝床を直そうとしたら、母親のドリーが怒って飼育員に噛みついてケガをさせてしまったという事件があった。ふだんおとなしいマレーバクだからちょっと油断したのかもしれない。子を持つ母は強い。
現在東南アジアは森林伐採などでマレーバクの生活環境がとても悪化したため、数が激減してるという。とうとう1,000頭以下になって、絶滅危惧種に指定された。なんとか暮らしやすい環境に戻ってくれるといいんだけど、難しいかもしれない。せっかくこれほど長く生き延びたのだから、これからも変わらず長く生き続けて欲しいと思う。人間や他の生き物が絶滅しても、ずっとそのあとまで。
地球最後の生き物が、このツートンカラーのマレーバクだったとしたら、それはなんだか愉快な話だ。地球にやって来た宇宙人もびっくり。