中村公園から大門界隈の散策 <前編>

中村1-1

PENTAX K10D+PENTAX DA 16-45mm f4



 これは戸田からの帰り道、佐屋街道を通って中村区へ行ったときの話。中村の大鳥居の前へとやって来た。
 高さ24メートルのこの大鳥居は、昭和4年(1929年)に建てられた。
 明治から戦後にかけて、名古屋市やその周辺部は、何度も編入や統合、分裂、再編入などが行われた。
 明治11年に郡区町村編制法が施行され、名古屋区が発足した。栄村の一部が名古屋区に取り込まれ、中野高畑村、中島村、大秋村が合併して則武村になった。
 明治22年、栄村と則武村が合併して鷹場村となり、上中村、下中村、稲葉地村が合併して織豊村となる。
 同年、市制が施行され、名古屋市が誕生する。
 明治39年には鷹場村、織豊村、日比津村が合併して中村となった。
 中村が名古屋市に編入されたのは大正10年で、西区の一部となった。
 昭和12年に中区と西区の一部が分割され、新たに中村区として独立した。旧中村の一部は西区に残った。
 昭和19年には栄区が新設され、旧中村の一部も取り込まれた。
 昭和45年、栄区が中区に編入され、現在に至っている。
 中村は、秀吉と加藤清正の生まれ故郷なのだけど、名古屋出身かというとやや微妙なところで、愛知県愛知郡の出身といった方が正しいのかもしれない。現在の名古屋市中村区といえばそうなのだけど。
 加藤清正は、秀吉の遠縁に当たるとされていて、子供のときから子分のように秀吉に従っていた。家は隣といっていいほどの近さだった。
 生涯秀吉への忠誠を誓った清正が、どうして関ヶ原では家康の東軍に従ったかといえば、単純に言って石田三成が嫌いだったからだ。秀吉の嫡男である秀頼に対しては最後まで気持ちを残していて、なんとか家康と和解させようともしている。
 熊本城を築いて有力大名となっていた清正は、関ヶ原のあと、名古屋城築城の責任者に任命された。城造りの名手とされたということもあったけど、家康にとっては驚異となり得る存在だから、お金を使わせて力を弱めるという狙いもあった。
 そのあたりの歴史に思いをはせつつ現地を訪れると、なかなか感慨深いものがある。

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 大鳥居から500メートルほど北へ進むと、中村公園がある。入り口には豊国神社(とよくにじんじゃ)の鳥居が建っている。
 豊国神社は、秀吉ゆかりの神社で、「とよくにじんじゃ」や「ほうこくじんじゃ」の名前で、全国にいくつかある。徳川の天下になってからは大っぴらに祀ることができなくなったから、古くから残っているものは少ない。京都や長浜のものが古いのは、やはり西国だったからというのがある。それらも江戸時代は名前を変えたりして隠れてこっそり祀っていた。
 生誕の地、中村にある豊国神社も歴史は浅く、明治18年に地元の有志によって創建されたものだ。江戸時代が終わってしばらく経って、ようやく秀吉の存在が見直されることになったというのが分かる。

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 豊国神社は、中村公園の南側にある。どこからどこまでが境内なのか、はっきりしない。
 公園の北半分は名古屋競輪場で、東には常泉寺と妙行寺がある。妙行寺が清正の生家があったところとされている。
 社殿はごく質素で、小さい。秀吉生誕の地にある神社としては、ちょっと拍子抜けしてしまうくらいのものだ。金ピカ好きだった秀吉には物足りないことだろう。
 私がここを訪れるのは2回目だった。前回は7、8年くらい前だっただろうか。特に変わった印象はなかった。

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 神社の北には、昭和の面影が色濃い軽食屋さんがある。競輪場を訪れたおじさんたちのたまり場になっていそうだ。店内からはそれらしい声も聞こえてきた。そんな感じも懐かしい。

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 このときはレースの開催中で、それなりに賑わいが感じられた。昔に比べたらだいぶ明るい雰囲気になったのだろう。

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 中村公園をあとにして、大門(おおもん)へ向かった。
 大門は、かつて遊郭があった地区で、現在でも昭和レトロの名残が残るところだ。この町を散策するのが、この日一番の目的だった。
 途中に銭湯を見つけた。このあたりはまだ利用客が多いようで、現役の銭湯が何軒か残っている。

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 古い町並みが残るのは、中村赤十字病院の東から、名古屋駅西の商店街にかけてだ。町名でいうと、大門町、松原町、中島町あたりになると思う。
 新しい家やマンションも建っている中で、こそっと古い家や建物が挟まっている。
 現在も残る名古屋の下町の一つと言えそうだ。

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 なかなか趣のある建物だ。かつては銭湯だったところだろうか。

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 格子が残る古い家。家の前の道を半ば私物化しているあたりに下町風情を感じる。

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 昔からの家屋がけっこう残っている。歓楽街だったこともあって、一般の民家なのか、店舗だったのか、ちょっと区別がつかないようなところが多い。かつて料亭だった建物が今はデイサービスの本拠として使われているあたりに時代を思わせる。
 景観保存地区でもなく、観光地でもないから、全体的には雑然とした雰囲気となっている。観光目的で写真を撮っていると、浮いている感じで少し落ち着かない。

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 ここは遊郭だった建物だろうか。この界隈では有名なところで、大門を紹介するときによく出てくる。

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 建物の横にはこんな絵が掛かっている。

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 古そうなアパートだけど、けっこう規模が大きい。二棟並んで建っている。
 このあたりもレトロ感が溢れている。

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 なかなかに昭和だ。平成22年になっても、まだ昭和は消えていない。

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 名古屋駅のタワーが見えた。でも、まだまっすぐは向かわない。もう少しこのあたりをぐるぐる巡って散策を続けることにする。
 つづく。

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