二見の旅館・土産物屋通りを歩く

観光地(Tourist spot)
二見土産物町-1

PENTAX K10D+PENTAX DA 16-45mm f4



 JR二見浦駅は、夫婦岩をイメージしたデザインになっている。それまでの古い大きな木造の駅舎が好きだった人も多かったんじゃないだろうか。1993年に現在の駅舎に建て替えられた。
 駅前の正面にすぐに鳥居があり、ここから夫婦岩までは歩いて15分くらいかかる。この道は神社の参道になっていて、お土産物屋や旅館などが建ち並んでいる。昭和の面影が濃い昔ながらの参道風景だ。けど、思ったほどさびれてはいなかった。夫婦岩ブランドはいまだ健在らしい。
 今日は参道風景の写真をお届けします。

二見土産物町-2

 参道についても、まったく記憶がなくて、初めて見る風景と同じだった。
 歩道がきれいに整備されていたりするし、昔のままということではなさそうだ。
 どこからどこまでかは分からないのだけど、国のHOPE計画(地域住宅計画)というものに指定されているそうだ。この通りだけでも観光資源になり得ると思う。

二見土産物町-3

 完全な町並み保存地区ではないから、新旧の建物がまだらに建っている。
 新しい建物の間で、古い家屋もポツリ、ポツリと残っている。

二見土産物町-4

 御福餅(おふくもち)の本家があった。本店が二見というのは知らなかった。なんとなく伊勢だと思っていた。
 御福餅というと赤福そっくりで、偽物めいたイメージがあるのだけど、こちらも江戸時代創業で270年の歴史を持つ老舗だ。
 二見興玉神社にある天の岩屋に祀られているアマノウズメノミコトが御福さんと呼ばれていたことから、その名がつけられたそうだ。
 赤福の波模様が五十鈴川の流れを表しているのに対して、御福餅は二見浦の波の形を表現しているんだとか。
 赤福と御福餅は、食べ比べると違いが分かる。好みはそれぞれだ。
 知名度でいえば、圧倒的に赤福の方が勝っている。

二見土産物町-5

 同じ通りの少し離れたところに、赤福の店もある。御福餅のホームなのに、遠慮がない。
 赤福の本店は、伊勢神宮内宮のおかげ横町にある。テレビなどにもよく登場する。
 偽装問題発覚以来、かなりおとなしくなった。売り上げのダメージも相当なものだろうし、再び以前の状態に回復するのは難しいかもしれない。
 でもやっぱり、赤福はたまに食べると美味しいと思う。

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 創業280年の老舗旅館、朝日館。こちらは旧館で、今は近代的な新しい建物が建っている。
 ここからは旅館がずっと並んでいる。

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 ここはもう営業していないようだ。
 木造三階建てのカッコイイ建物。

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 独特の外観を持つこの木造建築も旅館だ。二階からは人の声も聞こえていたから、泊まり客もいたようだ。

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 格子と、室内の和の灯り。
 この通りは、しっとりとした風情がある。

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 時代の流れに迎合しない土産物屋。
 取り扱っている商品は少しずつ変わってきているのだろうけど、雰囲気は昭和のままだ。
 かつて二見は、修学旅行のメッカとして流行った時代があった。その頃は、この通りも大勢の学生たちで賑やかだったことだろう。今でも少しは修学旅行生が訪れるのだろうか。

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 旅館やお土産物屋が並ぶこの通りは、全体的に好印象だった。前時代的な古さはあるけど、伝統の良さとなっている。正統派の観光地お土産物屋通りだ。俗っぽくないのがいい。

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 ひとけのないお土産物屋通りは、なんとなくもの悲しくもあり、微笑ましくもある。なんだか切ない気持ちにもなる。がんばっていきましょうと応援したい。

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 どんな町にも路地はある。

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 とても手作り感溢れる住宅だ。これなら材料さえ集めれば、一人でも建てられるんじゃないかとさえ思った。とてもコンパクトにまとまっている。
 こういう建物を見ると、現代人は家というのを難しく考えすぎているのかもしれないと思えてくる。建築士に設計を頼んで、大工に建ててもらわなければ家は建たないというのは間違った思い込みだ。その気になれば、家は自力でも建つ。

二見土産物町-15

 観光地の日常。一本通りを中に入れば、普通の町と変わらない人々の暮らしがある。

 夫婦岩もしっかり見たし、参道も歩いた。二見に思い残すことはない。これからは、二見に行ったことがあると、はっきり言うことができる。
 ここ数年、三重県再発見の旅をしている。生まれた県でありながら知らないところが多すぎた。南は尾鷲、熊野、東は鳥羽、志摩、伊勢、二見、西は伊勢奥津、名張、伊賀、中央は津、松阪、亀山、関、北は四日市、桑名と、主だったところはだいぶ回った。これからは隙間を埋める旅になる。三重県もまだ行っていないところが残っている。
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コメント
  • 懐かしい~
    2010/09/12 08:52
    こんにちは。
    修学旅行で二見浦の古い木造の旅館に泊まった思い出があります。
    近くの土産物屋さんでなんちゃって真珠のネックレス買ったりして。
    昭和の小学生でした(笑)
  • 昭和の二見
    2010/09/13 02:17
    ★いちこさん

     こんにちは。
     いちこさんは修学旅行で二見浦へ行ったんですか。
     私たちの学校は、小学校が京都・奈良で、中学は東京だったかな。
     高校は高山のスキーでした。
     伊勢、志摩方面は、学校では行ったことがなかったです。
     時代は流れても、お土産屋のあたりは、昔の面影を色濃く残してました。
     なつかしの昭和時代。
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