一宮の七夕まつりは織物感謝祭が始まり <第2回>

風物詩/行事(Event)
一宮七夕2-1

PENTAX K10D+PENTAX DA 16-45mm f4 / 55-300mm f4-5.8



 一宮でどうして七夕まつりが行われるようになったかというと、尾張国一宮である真清田神社(ますみだじんじゃ)を抜きには語れない。
 真清田神社の創建ははっきりしていない。延喜式には眞墨田神社とあり、少なくとも平安時代にはすでにあったことが分かる。
 古くから尾張国の一宮とされていて、一宮市の名前もそこから来ている。一宮の街は、真清田神社の門前町として栄えたところで、地図を見ると真清田神社を中心として道路が放射状に延びていることが見て取れる。
 祭神は、天火明命(アメノホアカリ)で、尾張氏の祖神とされる神様だ。その天火明命の子供が天香山命(アメノカグヤマ)で、この地を尾張と名付けたとされている。尾張氏はその子孫という。
 神社の摂社に 服織神社(はとりじんじゃ)があり、天火明命の母である萬幡豊秋津師比賣命(ヨロズハタトヨアキツリヒメ)が祀られている。機織りの守護神とされる神で、ここに一宮の七夕まつりの起源がある。
 一宮は昔から繊維が地場産業で、街の発展は萬幡豊秋津師比賣命のおかげに違いないということで、感謝祭を始めたのが昭和31年だった。七夕まつりというよりも本来は「おりもの感謝祭」だった。今でも祭りの名前にそれは残っている。
 七夕まつりになったのは、牽牛(けんぎゅう)と織女(しょくじょ)は機織りに縁が深いことだし、いっそのこと七夕まつりに引っかけてしまおうという思いつきからだった。織物まつりが七夕に乗っかった形だ。
 7月の最終日曜日を最終日として木曜日から4日間という日程に違和感を感じていた人もいただろう。元々七夕まつりが主目的ではないから、旧暦の七夕に合わせる必要もなく、だいたいこれくらいの時期ということでよかったのだ。
 それでも、今年で55回目を迎える大きな七夕まつりに成長したのだから、きっかけはどうあれ大成功だったといえる。一宮の夏祭りということで、今ではすっかり定着している。

一宮七夕2-2

 JR一宮駅の東出口の様子。
 駅前からすでに賑わいは始まっていて、真清田神社へと続く参道を兼ねたアーケード商店街も、露天がずらりと並んでいた。
 駅周辺の特設会場でもいろいろなイベントが行われていた。25日には小比類巻かほるライブがあったらしい。見てみたかった。久しぶりに名前を見たけど、まだ活動していたのか。「I'm Here」と「オーロラの瞳」は、今でも好きな曲だ。

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 いろんな有名キャラクターが描かれた飾りもあった。昔からお馴染みのものもあり、流行ものもあるといった感じだ。
 円頓寺の祭りのキャラクターは、著作権問題がちょっと怪しそうだったけど、一宮のはしっかり描かれているし、これだけ大きな祭りだから、そのあたりはクリアしていそうだ。

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 パレードのお姉さんたちは、前回、ミス七夕じゃなさそうだと書いたのだけど、やっぱりミス関係の人たちだったようだ。ミス七夕とか、ミス織物とか、何人かいる。

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 よさこいパレードのヒトコマ。
 動きの激しい踊りのシーンは、ブレブレで全滅だった。アーケードの中は暗めなので、シャッタースピードを稼ぐためにISO感度を上げないといけなかった。

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 吊り下げ飾りは1,400本もあるんだとか。250メートルのアーケードの端から端まで続いている。
 この飾りは仙台に運ばれて、向こうでも使われてるという話を聞いた。又聞きなので実際のところはよく知らない。以前に一度、夜中に燃やされたことがあって、それ以来、商店街の人たちが交代で深夜も見張っているのだとか。

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 祭りの様子も撮りつつ、目についた光景も撮っていく。
 祭りの喧噪とはあまり関係のなさそうな鞄屋さん。昔ながらの佇まいだ。

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 唐突にヨーロッパ風の一角。アーケードの中では異彩を放っている。スペインあたりの教会みたいだ。

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 古そうなビル。一階はうなぎ屋さんのようだ。小窓からすごい煙が吹き出していた。

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 アーケードから少し外れた通り。昔ながらの自転車屋さんがあったりして、昭和の面影を残す。

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 祭りがあっても、地元の人にとっては日常もある。
 右は個人でやっている古くて小さな町の本屋さん。こういう店が生き残っているのが一宮のいいところだ。

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 この日はあまり歩けなかったのだけど、歩いてみれば魅力的な通りや光景にたくさん出会えそうな予感があった。機会があれば、普通の日に再訪したい。

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 真清田神社については回を改めることにしたい。もう少し写真も残っているので、真清田神社についてはそのとき書くことにしよう。
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