松阪の町を歩きながらあらためて松阪のことを知る <後編>

観光地(Tourist spot)
松阪散策2-1

PENTAX K10D+PENTAX DA 16-45mm f4



 今日は松阪散策の後編、旧伊勢街道の続きから。
 しっとりと落ち着いた格子の家もある。古いものが必ずしも良いとは限らないけど、歴史のある町の良さというのは残していく方向でいいんじゃないかと思う。今の時代にこんな格子の家を建てても、本物感は出ない。時代を経たからこその説得力というものがある。
 松阪の町は、蒲生氏郷が築いた松阪城の城下町として整備され、江戸時代にはお伊勢参りの人々のための宿場町として賑わった。それに加えて、古代からの紡織が発展し、多くの豪商を生み出した。
 古い町並みは、その頃の名残だ。

松阪散策2-2

 うだつのあがる家が「松阪商人の館」として一般公開されている。200円で室内を見学することもできる。
 私は時間がなくて入らなかった。町並みを散策して、松阪城跡を巡って、駅まで戻るというコースは、2時間ぎりぎりだった。ここで入っていたら、予定の電車に間に合わなかった。

松阪散策2-3

 AEDは今どきのものでいいとして、のれんの文字は右書きにした方が雰囲気は出る。松阪の文字も元々の松坂にして欲しいところだ。松阪に変わったのは明治22年で、江戸期は松坂と表記していた。細かいところのこだわりがあるともっとよかったように思う。
 江戸時代における松坂商人の代表的な家だった小津清左衛門の邸宅を資料館として公開しているものだ。江戸で紙やもめんの商売をして、大いに繁盛した。
 小津家は、伊勢国司・北畠家の一族・木造家(こつくりけ)に仕えた三好隼人佐長年を祖としている。
 3代目長弘が紙屋「小津屋」を開業したのが始まりだった。
 その後、紀州藩の御為替御用を勤めたり、手広く商売をして成功した。明治から大正、昭和と生き抜き、現在も小津グループは続いている。
 このあたりは小津につらなる人が多く、本居宣長も豪商の家の息子だった。
 映画監督の小津安二郎も、父親が松坂の豪商の家の出で、安二郎は9歳から20歳までを松阪で過ごしている。駅の東に小津安二郎青春館というのがある。今回はコースから大きく外れて行けなかったのが残念だった。

松阪散策2-4

 町屋造りの家などでよく見られる竹の垣根みたいなこれ。ずっと飾りだと思っていたら、犬の小便よけなんだとか。
 犬矢来(いぬやらい)という名前で、犬や猫の小便から壁を守ったり、昔は馬がはねる泥よけだったそうだ。

松阪散策2-5

 格子風の飾りを多用した建物。
 昔はここも古い商家建築だったのかもしれない。周囲の景観に気遣ったデザインに好感が持てる。

松阪散策2-6

 金物店の前には丸ポスト。隣には蔵も建っている。
 この通りは丸ポストがまだ生きている。普通の四角いやつは見なかった。

松阪散策2-7

 一本西の魚町の通りへとやって来た。
 こちらの方が昔ながらの面影を残している。
 道路の感じも、町並みの雰囲気と合っている。

松阪散策2-8

 駐禁の標識まで木でできている。
 この通りは、電柱を地中化しているので、風景がすっきりしていて気持ちがいい。

松阪散策2-9

 本居宣長の旧宅があった場所は、そのまま跡地として残されている。
 松阪が生んだ最も誇れる偉人と言えるだろう。
 他に松阪出身というと、探検家で北海道の名付け親である松浦武四郎がいる。有名人でいうと、古くはあべ静江、最近は西野カナといったところか。

松阪散策2-10

 手前の礎石があるところに、本居宣長の旧宅が建っていた。
 明治42年に、保存と公開のために松阪城跡の松阪公園に移築されて、現在もそちらで公開されている。
 奥の建物は、長男・春庭の邸宅と土蔵で、そちらはまだここに残されている。
 本居宣長の家系をさかのぼると、伊勢国司・北畠氏の家臣本居武秀が初代となる。
 その子供の七右衛門が名を小津と改め、松阪に移り住んだ。
 宣長は5代定利の次男になる。もともと商売を継ぐことにはなっていなかったようだけど、父親が早くに死んで、小津家は店を閉じることになった。
 その翌年、12歳の宣長は母親とともにこの家に移り住んで、72歳で死ぬまでここに住み続けることになる。
 本居宣長というと、日本を代表する国学者の一人だけど、本業は医師だった。医院を開業しながら、当時すでに解読不能となっていた『古事記』を読み解いて、『古事記伝』などを書き上げ、江戸期の国文学を確立させた。

松阪散策2-11

 斜め向かいに「まどゐのやかた 見庵」というのがある。おじさんたちが集まっていた。
 小泉見庵という医者の邸宅を改築したものだそうで、地域のコミュニティーセンターのようになっているみたいだ。観光客でも入っていくと、いろいろ話を聞かせてくれるらしい。

松阪散策2-12

 牛銀本店は、こんなところにあったのかと、初めて知る。
 松阪牛を食べさせる店としては、和田金と牛銀が老舗としてライバル関係にある。創業は和田金が明治11年で、牛銀が明治35年と、やや開きがある。和田金はトップのプライドを譲らず、牛銀はなんとか追いつこうと追いかけた。
 最も高級店といえば、やはり和田金ということになる。昔は、テレビなんてお断りで、もっぱら牛銀がテレビの仕事を受けていた。けれど、時代の流れでそんなに頑なではいられないと思ったようで、近頃は和田金もテレビが入るようになった。
 味のランクは値段にもよるけど、牛銀の方が幅広く設定されている。私は高校の入学祝いで和田金に連れていってもらって以来、行っていない。

松阪散策2-13

 郵便配達の人が普段着だったので、少し驚く。田舎の方はそんなものかもしれない。

松阪散策2-14

 ここでも丸ポストを見つけた。
 おばあちゃんのスタイルが松阪風だ。

松阪散策2-15

 今風のおしゃれ乳母車ではなく、昔ながらのカゴの乳母車を押していたおばあちゃん。
 恰好からして、お寺の住職さんだろうか。

松阪散策2-16

 松阪城へ向かう途中の裏通り。
 昔の洋風建築といった趣だ。

松阪散策2-17

 シルバーゾーンって、何だろう。シルバーの人のためのゾーンなのだろうけど、具体的にどういうものなのかは思いつかない。この通り全部がそうなのか、このマークの上だけがゾーンなのか。

 このあと、松阪城跡編へと続く。
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コメント
  • 2012/04/18 22:47
    はじめまして
    私も松阪出身の者です。
    今はイギリスのロンドンで暮らしています、松阪の街並み、懐かしいです、ダイカイ、懐かしいです、私が迷子になって母親が大変な思いをして探したという話を思い出しました、子供の頃から高校生までお世話になった松阪、寂れてしまった駅前は悲しいけど、いつまでも私の1番大好きな街です! レポートありがとうございます!
  • まっつぁか
    2012/04/19 22:31
    >ミニさん

     こんにちは。
     ミニさんも、まっつぁかの人でしたか。
     まつさか、なんて言われると、どこのことって、思いますよね。
     私は生まれてまもなく名古屋に越したのですが、両親ともに松阪の出身です。
     ロンドンでは、松阪弁を聞くこともないでしょうね。
     松阪出身の西野カナは、ご存じでしょうか。
     祖父母が亡くなって以来、松阪も遠のいてますが、また行かなくてはと思ってます。
     そのときは写真を撮ってきて紹介しますね。
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