本宿駅から法蔵寺に向かう道すがら <名鉄の旅・第6回>

名所/旧跡/歴史(Historic Sites)
本宿1-1

PENTAX K10D+PENTAX DA 16-45mm f4



 少し中断していた名鉄の旅を再開することにしよう。国府駅から御油宿、赤坂宿を歩いて、名電赤坂駅へとやって来た。ここから電車で2つ、名古屋方面に戻って、本宿駅へ行く。本宿には必ず寄りたい理由があった。
 名電赤坂駅は、普通列車しか止まらない無人駅となっている。隣の御油駅もそうだ。もともとは宿場で人が集まる拠点だったのに、普通列車しか止まらないことで、急行が止まる本宿駅と、特急も止まる国府駅に拠点を奪われることになった。名鉄があとから線路を敷いた場所に、最初から国鉄が鉄道を作っていたのなら、御油や赤坂の歴史は今とは違ったものになっていただろう。特急や急行が止まらず通過してしまう悲哀というのが確かにある。上の写真も、通過していく列車を撮ったものだ。

本宿1-2

 これは名電赤坂駅の地下連絡路だったか。はっきり覚えていない。たぶん、本宿駅ではなかった気がする。
 この地方にはあまり関係なさそうなトナカイとサンタクロースなどの絵が描かれている。通路は薄暗いけど、絵はポップだ。

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 本宿駅はなかなか大きな駅だった。
 駅前に旧駅舎の模型がある。昔はこんな姿だったらしい。
 昔の駅舎は味わいがあったのに、今のものは味気ないものが多い。日本人は昭和になって建物デザインのセンスが貧相になってしまったように感じる。

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 本宿駅前に額田王(ぬかたのおおきみ)のレリーフが飾られていた。見たときは何故こんなところに額田王が関係しているのか分からなかった。
 かつてこのあたりは額田郡だったから、その関係なのだろうと気づいたのは、帰ってきてからだった。額田郡は、古代の額田部(ぬかたのべ)氏が支配していた土地だったとされている。
 額田王は、大海人皇子(のちの天武天皇)の妃で、壬申の乱では尾張や三河の豪族も手を貸しているし、そのあたりでも関係がないとは言えない土地だ。

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 本宿駅のすぐ前に国道1号線が走っていて、駅を出て信号まで距離がある。交通量も多くて危ないというのもあるのか、地下通路が作られている。
 地下通路に入ると何故か写真を撮りたくなる。遠近法の感じに惹かれるらしい。光と影のコントラストもいい。
 壁面には宿場の歴史や地図などが架かっている。

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 本宿(もとしゅく)は、赤坂宿と藤川宿の間にあった間の宿(あいのしゅく)だった。主に旅人の休憩場所として栄えたところだ。名古屋の有松などもそうだ。
 本宿には法蔵寺という大きな寺もあって、門前町としても賑わった。私のここでの目的も、その法蔵寺だった。
 現在の本宿に、間の宿としての面影はほとんど残っていない。古い家屋が少しあるくらいだった。

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 この道が旧東海道なのかどうか、よく分からなかった。
 派手に工事をしていて、インド人らしき人とすれ違った。バングラデシュ人か、ネパール人かもしれない。

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 なかなか歴史のありそうな立派な建物があった。日本レトルトフーズ株式会社というところのものらしい。
 もともとは、神谷合名会社という味噌醤油醸造元の建物だったようだ。

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 古めかしい建物の一階で、お店を営業していた。
 ファミリーショップ杉田屋。
 ファミリーショップとは何だろう。何を売っているのか。やはり、ファミリーで買い物に来るところなのだろう。

本宿1-11

 表に回ってみたものの、実際に何が売られているかまでは判明しなかった。スーパーのような、そうでないような。
 そもそも、もう営業はしていないのか。

本宿1-10

 陣屋跡と代官屋敷という案内板があったので、ついでに見ていくことにした。
 現在冨田病院になっているところに、かつて旗本・柴田出雲守勝門の陣屋があったそうだ。
 柴田勝門というのは、柴田勝家の子孫とのことだ。北ノ庄でお市の方とともに命を落とした勝家だったけど、その子孫は旗本になっていたのか。
 陣屋の代官職は冨田家が世襲して、冨田病院を作ったようだ。
 屋敷は1827年に建てられたものらしい。

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 歩いていたら名鉄の電車が通っていった。特急の車両だろう。

本宿1-13

 このあたりがかつての名残だ。
 ここまで来ると、法蔵寺はもうすぐそこだ。法蔵寺については、あらためてということにしたい。
 つづく。
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コメント
  • 冨田病院ネタ
    2010/06/19 10:29
    こんにちは。
    いよいよ梅雨突入で、こちらは土日に降られるとネタのストックが
    なくなってしまうのが悩みです。

    それはさておき、冨田病院はシンセサイザー奏者 冨田勲さんの
    実家で、お兄さんが院長をされています。(5,6年前に聞いた話)
    院長さんも脳外科では知られた方で、しょっちゅう海外の学会に
    出席されていたとのこと。
    兄弟で医学と音楽という、まったく異なる分野で2人とも世界で知ら
    れる存在になったのはすごいですね。
  • 知らなかったエピソード
    2010/06/20 03:06
    ★mihopapaさん

     こんにちは。
     冨田病院にそんなエピソードがあったのは知らなかったです。
     面白い話ですね。
     ありがとうございます。
     歴史のある町は、歩いてみるといろんな発見があるものですね。
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