ところどころに残るかつての面影を探す御油宿歩き <名鉄・第3回>

名所/旧跡/歴史(Historic Sites)
御油宿2-1

PENTAX K10D+PENTAX DA 16-45mm f4



 昨日は御油宿の手前の追分まで行ったところで終わった。今日は音羽川に架かる御油橋(今は五井橋?)から再開することにしたい。
 御油宿(ごゆしゅく)は、江戸の品川宿から数えて35番目の宿場町だ。
 ここで少し東海道を復習しておきたい。愛知県の一番江戸寄りの宿場は、少し前に紹介した二川宿だ。それが豊橋市で、同じく豊橋の吉田宿があり、その次が豊川に入った御油宿となる。
 そのあとは、豊川の赤坂宿、岡崎の藤川宿、岡崎宿と続き、知立の池鯉鮒宿で三河国を抜け、尾張に入り緑区の鳴海宿、熱田の宮宿となり、ここから海路で三重県の桑名宿へと至る。
 愛知県内にこれだけの宿場があったことを、愛知県民もあまり意識していないのではないか。宿場町として観光地になっているところがほとんどないということもある。私も愛知県内くらいは全部歩いておきたいと思いつつ、まだ半分も行っていない。その街には行っても、宿場町を歩くという意識では行っていない。今回、御油宿と赤坂宿を歩いて、おぼろげに全体像が見えてきた。あとは間を埋めて、自分の中の東海道を完成させたい。

御油宿2-2

 小さな若宮八幡社があった。鳥居もなく、お社だけがある。狛犬もミニサイズだ。
 若宮八幡は全国あちこちにある。名古屋にもある。八幡宮の若宮ということで、八幡神の応神天皇の子供である仁徳天皇を祀っている。

御油宿2-3

 御油橋を渡ってしばらく進むと、イチビキの工場に行く手を阻まれて行き止まりになる。道は大きく右に曲がって少し大きな通りの374号線に合流する。旧東海道はどうなっていたのか、このあたりについてはよく分からない。
 南の道を進んだので、御油の松並木資料館というのを発見できなかった。入る気はなかったけど、建物くらいは見るつもりでいた。

御油宿2-4

 道を歩いていた猫を撮る。こちらを見もせず、家の庭に入っていった。愛想がないやつだった。
 尾っぽの短い猫を、昔は御油猫と呼んでいたそうだけど、この猫はそうじゃない。昔ながらの尾が短い日本猫というのは最近見なくなった。

御油宿2-5

 アジサイが色づき始めていた。
 江戸時代に日本に咲いていたアジサイは、今でいうヤマアジサイだ。それを長崎で見たドイツ人医師で博物学者のシーボルトがヨーロッパに紹介したことで広まり、ヨーロッパで改良されて逆輸入されたのが西洋アジサイだ。
 だから、江戸時代の人たちはこんなアジサイは見たことがなかった。それでも、6月になれば街道沿いにヤマアジサイは咲いていたかもしれない。

御油宿2-6

 高札場跡に案内板だけが立っている。
 とすると、やはりこの細い道が旧東海道ということだ。

御油宿2-7

 豊川のマンホールその2。雨バージョン。傘と人がたくさん描かれている。豊川が特別雨の多い地域というわけではない。

御油宿2-8

 古い看板だけが残っている。みそとしょうゆの店だったのか、醸造所だったのか。

御油宿2-9

 374号線と合流してすぐのところに、本陣跡の碑と説明板がある。旧東海道は昔からこんなふうに道が大きく曲がっていたのだろうか。
 御油宿は最盛期で本陣が4軒もあったというから、かなり大きな宿場だったといえる(最小時でも2軒)。
 隣の吉田宿や岡崎宿が城下町としての顔を持っていたのに対して、御油宿は純然たる宿場町だった。
 特色としては、飯盛女が多かったことが挙げられる。旅籠にいる遊女で、旅人だけではなく近隣の若者も集まってきたという。
 本坂道との追分でもあったから、追分の宿としても賑わった。
 飯盛女たちの客引きはかなり強引だったようで、広重の絵でも女が旅人の腕を引っ張って宿に引きずり込もうとしている姿が描かれている。
 そんな賑わいを見せた御油宿だったが、明治に入って急速に寂れていくことになる。東海道線を通すとなったとき、初めは東海道の各宿場に駅を作るという計画だったのが、住人の反対にあって、ずっと南を通ることになったのが大きかった。
 あるいは、国鉄側の事情で海に近い方を通したという話もあるようだけど、いずれにしても時代に乗れなかったのは確かだ。
 昭和になって名鉄が御油に駅を作ったときは時すでに遅しで、かつての繁栄を取り戻すことなく、現在に至っている。
 宿場町を観光地にしようにも、古い建物がほとんど残っていない現状では、それも難しそうだ。名物の松並木だけでは弱い。

御油宿2-10

 イチビキの大きな工場があった。蔵造り風の建物は、古いものなのか、それ風なのか、よく分からない。
 イチビキは1772年創業の老舗で、本社は名古屋市熱田区にある。地元ではよく知られた醸造所で、このあたりでしょう油といえばイチビキだ。

御油宿2-11

 築100年以上といった古い屋敷などはなく、そこそこ古い家が点在しているといったところだ。そんな面影でも見つけると嬉しい。

御油宿2-12

 宿場とは全然関係はない、こんなところを見つけて喜ぶ。うわぁ、いいなぁ、と思う。何がどういいのか、自分でもよく分かっていないけど、心惹かれるものがある。積み重ねた生活の年輪みたいなものを思う。

御油宿2-13

 思った以上にスローペースになっている。2回目で、まだ御油宿を抜けられずにいる。写真の枚数が意外に多かった。
 こうなったらあまり焦らず、のんびりいくことにしよう。次回は赤坂宿に入る予定だ。
 つづく。
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