明治という時代の和と洋のコントラスト

施設/公園(Park)
明治村蔵出し4-1

PENTAX K10D+PENTAX-M 50mm f1.4



 明治村の在庫写真で引っ張ってきたけど、それも今日でおしまいだ。だいぶ長持ちした。一枚目の写真などは完全に季節がずれているけれど。
 明治村も何回行っただろう。10回までは行ってないけどここ数年で5回以上は行っている。かなり行ってる印象があって、もうだいたいところは把握した。見ていない建物はないはずだ。
 ただ、春の桜と秋の紅葉のといういい時期に行っていない。その時期は他に行きたいところがいろいろあって、明治村に行っている余裕がないというのが理由だ。車がないと行きづらいところだから、今年の桜の時期も行けそうにない。一度雪景色の明治村というのを撮ってみたい。

明治村蔵出し4-2

 ちょうど芝川又右衛門邸の前を通ったとき、ボランティアガイドの人がよかったら案内しますよと声をかけてくれたので、ありがたく室内を見せてもらうことにした。一日8回(土日は10回)、決まった時間に行くとガイド付きで部屋を見せてくれる。
 芝川又右衛門という人は関西では相当有名らしいけど、全国区なんだろうか。私はほとんど知らない。幕末頃から大阪の伏見町で唐物商を営んだ豪商らしい。
 明治村にある芝川又右衛門邸は、二代目が兵庫県西宮市に開いた果樹園の園内に建てた邸宅で、阪神・淡路大震災のとき建物の一部が壊れて、保存していくのが難しいということで明治村に寄贈されることになった。
 一般公開されたのが平成19年で、明治村で一番新しい建物ということになる。その前が平成6年の大明寺聖パウロ教会堂だから、めったなことでは増えない。
 内装はオリジナルのデザインを踏襲しつつ、かなりやり直したようだ。ほぼ改築に近い感じで、古びているところは少なく、全面的に新しい。新築したときの様子を再現したといったところだ。
 成金趣味の金ピカではなく、渋くて凝った内装に好感が持てる。かなりお金はかかっている。

明治村蔵出し4-3

 一般公開されているところは一部に限られるものの、この建物のエッセンスは感じ取ることができる。ガイドさんの説明も興味深いものだった。

明治村蔵出し4-4

 西園寺公望別邸「坐漁荘」の二階部分だと思うけど、あまり自信がない。これぞ純和風の二階建てという見本のような家屋だ。
 西園寺公望は長く外国で暮らした人で、大臣を歴任した政治家でもあるから、引退後は日本家屋で暮らしたいと思ったのだろう。ただ、後年、家を増築したときに洋間を造っている。やっぱり洋間の方が慣れたら便利だと思い直したのだろうか。

明治村蔵出し4-5

 どこを撮ったのか記憶がはっきりしない。西園寺公望邸だったか、幸田露伴邸だったか。

明治村蔵出し4-6

 これは幸田露伴邸の裏手だと思う。
 いまどき、幸田露伴の『五重塔』とかを読む人はあまり多くないだろうけど、尾崎紅葉とともに明治を代表する小説家のひとりだった。紅露時代などと呼ばれ、一時代を築いた。
 蝸牛庵と名づけたこの家は、墨田区東向島の隅田川近くにあって、10年ほど暮らしたという。蝸牛は、かたつむりのことだ。

明治村蔵出し4-7

 メインの通りだけでなく、裏道を行くとまた楽しめる。
 池のほとりの森を切り開いて作ったのが明治村で、アップダウンも多い。一通りざっと見て回るだけで3時間くらいかかる。この日は6時間くらい撮って回っただろうか。後半はかなりくたびれていたのを覚えている。

明治村蔵出し4-8

 西郷従道邸の食卓。兄貴の西郷隆盛は豪放磊落で質素とも言える暮らしをしていたのに対して、弟は完全な西洋かぶれで、目黒の邸宅内に立派な洋館を建てて別宅にしていた。ここで国内外の要人を迎えて接待していたそうだ。
 明治10年代というから、江戸時代が終わってまだ10年でこの暮らしぶりというか変貌ぶりには驚く。幕末の志士がこの光景を見たら言葉を失ったことだろう。

明治村蔵出し4-9

 森鴎外と夏目漱石が住んだ家の室内だろうか。あまりよく覚えていない。
 小道具も大道具もほとんどないから、人の暮らしの名残は感じられない。一部屋に卓があって、猫の置物が置いてあるくらいだ。

明治村蔵出し4-10

 第四高等学校物理化学教室の一部屋の気がする。違ったかもしれない。
 黒板が小さくてあまりたくさん書けないし、小さく書くと後ろの席からは読めない。メガネを初めて買うきっかけが、黒板の文字が読めないからだったという人も多いんじゃないだろうか。今は少人数の教室になったから、そういうことも少なくなっているのかもしれない。私たちの時代は、一クラス50人くらいいたから、後ろだと黒板まで遠かったのだ。

明治村蔵出し4-11

 聖ヨハネ教会堂。
 この日は建物の外観を普通に撮るのはやめようと決めていて、こういう写真はほとんど撮らなかった。このときはたまたま撮ったけど、どうして撮ったのか自分でもよく分からない。少しくらい外観も撮っておこうと思ったのだろう。特に意味はない。

明治村蔵出し4-12

 明治20年頃、神戸の生田区元町にあった大井牛肉店だ。外国人が多い地区で、外国人向けという意味合いが強かったのかもしれない。
 日本人が牛肉を食べ始めたのは明治に入ってからのことで、歴史はまだ150年もない。牛乳を飲むようになったのも、だいたい同じ時期だ。
 ここは牛鍋屋として営業していて、すき焼きなどを食べることができる。

明治村蔵出し4-13

 閉園が近い時間帯になると、人もまばらとなり、園内は静かになる。この時間の明治村がけっこう好きだ。

明治村蔵出し4-14

 最後はこの日の一番の目的だったSLの流し撮り写真で締めくくりとしたい。
 来週からはリアルタイムネタに戻ることにしよう。
記事タイトルとURLをコピーする
コメント
コメント投稿

トラックバック