季節外れの明治村縦撮り写真

施設/公園(Park)
明治村蔵出し1-1

PENTAX K10D+PENTAX-M 50mm f1.4



 蔵出しシリーズはまだ続く。今日は明治村編だ。
 明治村へ行ったのは去年の9月だった。在庫として取っておこうという気持ちが少しはあったけど、ここまで残ってしまうとは思っていなかった。季節ものではないにしても、かなり季節がずれてしまった。撮ったときの気持ちと今の気持ちのずれもある。
 このときは50mmの単焦点一本だった。ペンタックスのデジは1.5倍換算だから75mmになる。明治村にはこの画角が合う。ただ、狭い室内などで入りきらないシーンもあって、そういう場合は縦撮りで撮ることになる。だから、半分無意識のうちに明治村では縦撮り写真が多くなっている。
 そんなわけで、今回は縦撮り写真を集めてみた。昔は横撮りにこだわっていたけど、今はそういうこだわりはなくなった。状況に応じて積極的に縦撮りもしていっている。縦撮りは少し安易な気持ちになってしまうところがあるから、もう少し四隅に気をつけないといけないとは思う。

明治村蔵出し1-2

 教会の丸いステンドグラス。
 横撮りではなく縦撮りにしたのは、縦の方が余白がいきると思ったからだ。でももっとステンドグラスを上にして、下の空間を空けた方がよかった。

明治村蔵出し1-3

 赤十字病院の中だったか、北里研究所だったか。
 こういうシーンは必然的に縦撮りになる。人物の位置が中途半端だった。
 古い廊下の感じと、光と影のコントラストがよかった。

明治村蔵出し1-4

 半年近く前のこととなると、記憶がだいぶ曖昧になっている。どこで撮ったのか、思い出せない。神戸山手の西洋人館だっただろうか。

明治村蔵出し1-5

 三重県庁舎の廊下。ハイカラという言葉がよく似合う建物だ。明治の人間はこういうのに憧れたのだろう。その美意識は、現代の日本人より優れていたように思う。

明治村蔵出し1-6

 金沢監獄の牢獄。ごつい南京錠とがっしりした造りの木造監獄。9月とは思えないようなひんやりした空気感が満ちていた。

明治村蔵出し1-7

 電気が当たり前のものとなったのはごく最近のことだ。日本人が家庭で電灯というものを使うようになってまだ100年も経っていない。 
 家庭用の電気が通ったのは、明治19年(1886年)頃のことで、当時はまだ一部に限られていた。一般家庭まで電気が行き渡るのは、大正時代に入ってからだ。
 明治村では普通に電灯がたくさんあって勘違いしそうになる。移築されている建物が上流のものや高級なところが多いから、早くから電気が通っていたのだろう。
 蛍光灯が一般的になったのは昭和40年代以降のことで、それまでは裸電球を吊している家庭も多かった。
 現代はLEDに主流が移り変わりつつある。国宝クラスの仏像照明も、少しずつLEDに切り替わってきた。消費電力が少なくて、木造のものを傷めにくいという。
 この100年の電灯の進歩というのもなかなかすごいものがある。

明治村蔵出し1-8

 季節感を無視した写真。窓の外の緑が眩しい。
 今の季節に同じ場所から撮ったら、茶色が支配する枯れた雰囲気になるだろう。当たり前だけど、季節によって写真は違ってくる。

明治村蔵出し1-9

 白いレースのカーテンを通る光は優しい。
 日本家屋は光を取り込みながら、あまり強い光をたくさん入れないように工夫して建てられた。直射日光が入るような窓では畳がすぐに日焼けしてしまう。
 日本人が畳の部屋に暮らさなくなったとき、採光に対する考え方が大きく変わった。

明治村蔵出し1-10

 半田東湯の番台に経つお姉さん。半分しか入らなかった。ベンチの中の古葉監督みたいだ。

明治村蔵出し1-11

 菊の世酒造の横手。黒塗りの感じが松本城を思わせる。
 モミジの葉が青々している。

明治村蔵出し1-12

 曇り空をバックにした品川灯台。
 この構図はけっこう好きだ。

明治村蔵出し1-13

 蒸気機関車の煙を撮りたくて縦撮り。
 このときはSLの流し撮りがしたくて明治村へ行ったのだった。そういえば縦位置での流し撮りというのは一度もしたことがない。今度やってみよう。

 明治村写真はまだ在庫が残っている。明日も続きになるかもしれない。
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