私の目に映った2010年冬の京都 <京都歩き 第1回>

京都(Kyoto)
京都歩き1-1

PENTAX K10D+TAMRON 28-75mm f2.8



 その街のことをよく知るには歩くのが一番というのを経験的に知った。住んでいても歩かなければ気づかないことがたくさんある。土地勘はなくても、一日歩けば感覚的にかなり分かる。情報としてだけでなく、街の空気感とか、人の様子とか。
 京都行きの思いはここ数年来ずっとあった。なかなか実現しなかったのは、機が熟していなかったからだと自分では思っていて、今回行くことができたのは、ようやく気持ちの中で準備ができたからだった。京都を撮りたい気持ちが高まったからと言った方がいいかもしれない。
 10年くらい前に、ふと思い立って車で行ったことがあった。あのときは京都へ行くことそのものが目的で、ほとんど車から降りることもなく、街中を流して終わった。その前というと、更に10年近く遡ることになる。実に久しぶりの京都ということになった。
 今回の京都行きの目的は、歩くことと撮ることだった。観光や歴史巡りではなく。なので、寺社の拝観は極力抑えて、とにかく歩くことを優先した。京都の街の風景やスケール感を実感するために。
 京都駅を降りて、東西の本願寺を横に見つつ、五条から清水寺へ行き、建仁寺、祇園、八坂神社、平安神宮と北上し、哲学の道、下鴨神社と回り、京都御所を突き抜け、二条城というコースを巡り歩いた。ほぼ立ち止まることなく7時間半。時間が短い割にくたびれた。
 一般の観光客がこんな無茶な歩きコースを設定することはまずないだろうし、京都に住む人はもっとしないであろうコース取りだ。私ももう一度歩けと言われても断る。
 京都はまだまだ他にも東西南北に観光名所があって、二度や三度では回りきれない街なのだけど、中心部の地理やスケール感はだいぶ把握できた。街が碁盤の目状になっているから、感覚的に分かりやすいというのもある。
 写真は、なるべく観光案内的にも説明的にもならないように心掛けて撮った。帰ってから京都の歴史の勉強をするつもりはなかったから。
 京都らしいところもあり、京都らしくないところもあり、なんだかんだで自分らしい写真になったのではないかと思う。京都まで行っても、相変わらず人入り写真と路地ばかり撮っていた。
 一回目の今回は、撮ってきた写真の中で、気に入った写真を集めて並べてみることにした。これが今の私の目に映った京都の風景だ。

京都歩き1-2

 京都は祈りの街だ。日々の暮らしの中に祈りがある。神仏と近いところに生活があると言い換えてもいい。
 街中の都会化ぶりはのけぞるものがあったけど、それでもやはり京都は京都らしさを失っていない。そこに宿命といったようなものを見る。ここに生まれた以上、歴史を守り伝えていくことを使命として受け入れているというのか。
 京都人の精神構造は京都に生まれなければ分からないにしても、神仏への優しさはよそ者から見ても感じられる。同じように歴史のある奈良や鎌倉とも違っている。
 普通の京都人がどこまでそれを自覚しているのかは分からないけれど。

京都歩き1-3

 自分の中の勝手なイメージだけど、昔の京都はもっと街全体が観光地のような雰囲気だったのに、今の京都は一般の街ゾーンと観光地ゾーンがはっきり分断されてしまっているように感じた。駅周辺をしばらく歩いていたとき、あまりにも観光地でなくて戸惑った。これじゃあ普通の街と同じではないかと。
 ただ、観光地ゾーンに入るといきなり観光地の空気に一変して、それはそれで少し困惑した。たぶん私の感覚的な部分だけではなく、実際にそうなのだ。観光地のスピードがゆっくりなのに対して、観光地の外の変化スピードが速いから、その差が昔より大きくなったのだろう。
 子供の頃は、京都の駅前はずいぶん静かなものだった。電車を降りたってすぐに、ああ、京都へ来たと思ったものだけど、今はもう清水寺あたりまで行かないと京都らしさが始まらない。
 二寧坂などは、いかにもといった光景で、セットのような違和感がある。

京都歩き1-4

 京都は路地の宝庫で、いい路地がやたらある。それらをいちいち撮っていたら、路地写真ばかりになりそうだった。どんだけ路地撮ってるんだよと、自分にツッコミが入った。
 ロジコレだけで一回分になる枚数がある。

京都歩き1-5

 舞妓はんが前からやって来た。ぎりぎりまで引きつけたい気持ちはありつつ、あまり至近距離で撮るのも失礼かと、遠慮がちな距離でシャッターを押してしまう。
 ある程度は撮られ慣れているにしても、舞妓さんも思いはいろいろだろうし、観光客と道行く舞妓さんの関係性は微妙だ。外国人のようにアグレッシブに撮るのははばかられる。
 それにしても、ものすごい派手な出で立ちで、京都の街以外では成立しないのではないかと思わせる。うちの近所でこの恰好をして歩いていたら、まず悪い噂が立つ。

京都歩き1-6

 観光メインゾーンから少し外れるだけで、ふいに静かになる。これが冬の京都のいいところだ。
 年中人で溢れる京都の街も、1月半ば以降から2月は観光客が極端に少なくなる。寒いということもあるし、時期的な見物も少なく、何より修学旅行生がいない。もちろん、桜や紅葉の時期もいいのだけど、冬の京都は狙い目だ。普段着に近い京都の一面を見ることができる。

京都歩き1-7

 八坂神社の和装仲良しおばさま三人組。
 さすがに着物の人が多い。観光客もいるのかもしれないけど、多くは京都の人じゃないだろうか。和服を着ていても違和感がなく溶け込むのは、京都ならではだ。

京都歩き1-8

 これが一力の朱色だ。東山魁夷も京都シリーズの中で描いた。
 雅な柿色と言った方がいいだろうか。京都らしい色の一つだ。

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 観光客向けでもあり、地元御用達でもあり、生活空間でもあるといった、そんな混在感に惹かれる。

京都歩き1-10

 拝観料を取っているところは全部パスした。高いというのもあるのだけど、有料のところだと入ったからには全部見たいと思って時間がかかってしまうから、今回は最初から行かないと決めていた。
 京都も無料で入れる寺社はけっこうあって、建仁寺などもそうだ。せっかくなので、少しだけ寄ってきた。本堂などは見ず、表だけざっと。

京都歩き1-11

 祇園で花壇の手入れをする腰が曲がったおばあちゃま。
 こういう日常の感じが撮りたくて冬の京都へ行ったというのもある。桜の季節など、このあたりは人波が途切れることはないだろう。

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 地方にも格子の町屋造りの家屋が残っているけど、本家である京都のものは風格の違いを見せる。本物ゆえの説得力とでも言おうか。歴史と伝統の違いか。

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 平安神宮は明治に創建されたものだから、歴史的なありがたみはあまりない。しかしながら、社殿は立派だし、境内の雰囲気もいい。ここも参拝しておいた。
 雲間から降りそそいだ光が、屋根と鴟尾(しび)を照らす。

京都歩き1-14

 哲学の道で出会った猫。
 目の前を駆け抜けていく途中、一瞬立ち止まってカメラ目線をくれた。ありがとう。この日、この写真を撮れたときが一番嬉しかった。

 たくさん写真を撮ってきたから、しばらく京都シリーズが続くことになりそうだ。
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コメント
  • 2010/01/30 15:53
    舞妓はんに遇えてラッキーでしたね☆
    なかなか、遇えないって言いますもん。
  • 多生の縁?
    2010/01/31 00:30
    ★mikuさん

     こんにちは。
     舞妓さんは、実際はそんなに歩いてないんですか。
     他でも見たんで、行けば普通に会えるものだと思ってました。
     それは幸運でしたね。
     道で会う以外に縁はないだろうから。(^^;
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