草薙剣を一時預かりした飛騨一ノ宮の水無神社

神社仏閣(Shrines and temples)
水無神社-1

PENTAX K10D+DA 16-45mm f4



 飛騨一ノ宮駅は、その名が示すとおり飛騨の一宮である水無神社(みなし)がある。
 一宮というのは、その地域の中で最も社格が高いとされた神社のことだ。ただし、いつ誰が定めたのかははっきりしていない。一つの国に二つ以上の一宮があるところも多く、明確に定められているわけではない。有名どころが一宮というわけでもなく、尾張の場合、熱田神宮ではなく真清田神社と大神神社がそうだし、伊勢の神宮は別格だから伊勢の一宮は椿大神社と都波岐神社になる。
 飛騨の一宮は水無神社で文句なしだったようで、飛騨で一番古い神社と言われている。
 今回は雪景色を撮ることが目的だったわけだけど、ここまで行って一宮に寄らないわけにはいかないということで、挨拶だけはしにいってきた。
 境内は真っ白の雪に覆われ、歩くのもおっかなびっくりで、神社の空気感を味わっている余裕などなかった。時間もあまりなく、写真だけ撮ってそそくさと帰るような恰好になってしまったから、一宮に対する参拝としてはやや失礼だったかもしれない。それでも行くと行かないとでは大違いで、行っておいてよかったのは間違いない。二度行けるチャンスは巡ってこないだろう。

水無神社-2

 普段はこの神門のところから参拝をするようだけど、新年早々ということで、門の脇の扉が開いていて中に入ることができるようになっていた。
 もう11日ながら、まだ正月の雰囲気が少し残っていた。参拝客もちょこちょこ途切れなくやって来ていた。

水無神社-3

 これが拝殿で、その背後に本殿がある。
 この神社の成立はよく分かっていない。延喜式に載っている式内社だから平安時代以前であることは間違いなく、地元密着型の神社ということで更に時代を遡る可能性が高そうだ。奈良時代あたりか、原形はもっと古いかもしれない。
 祀られている神様が多くて、本命もはっきりしない。御歳大神を主祭神としつつ16神もいる。
 しかも、御神体は位山(くらいやま)というから、ますます分からなくなる。というのも、普通、山を御神体とする場合、山上に奥宮があって、麓に里宮があり、社殿は山を背に建ち、人々は拝殿越しに山に向かって拝む形になるのに対して、ここは御神体の位山が南西約7キロも離れた場所にある。方角的には社殿はそちら向きに建っているようだけど、参拝者は御神体に尻を向けて拝む恰好になる。これでいいのだろうか。
 そのあたりの事情や歴史的な変遷がどうだったのか、調べがつかずよく分からない。本来は山に向かって拝んでいたのが、後世になっていろいろな神様を招いて社殿の場所や向きが変わったのか。
 位山は、宮川と飛騨川の分水嶺で、古代から水を生み出す聖なる山とされてきたそうだ。名前の水無(みなし)は、もともと水主と表記したようで、水が無いのではなく水の主という意味でつけられたという。
 山上には古代の遺跡もあるらしい。
 祭神の御歳大神、天火明命、大己貴命、応神天皇、神武天皇などをあわせて水無大神(みなしのおおかみ)とされる。
 長野県木曽福島や岐阜県関市にも水無神社があり、そちらは「すいむじんじゃ」と読ませている。
 鎌倉時代には水無大菩薩と呼ばれたり、その後、水無大明神や水無八幡宮となったりと定まらない。神仏習合や戦国時代の荒廃を経て、江戸時代に立て直した。そういう歴史の変遷の中で、いろいろな神様を取り込んでいったと思われる。
 熱田神宮のときに書いたけど、戦後の一時期、熱田の御神体である草薙剣がこの水無神社に移されている。戦争末期、いよいよ危ないということで草薙剣だけでも安全なところへ移しておこうと考えた。熱田神宮の御神体というだけではなく、三種の神器の一つだ。戦争が終結してその計画は中止となるも、戦後アメリカ軍に撤収されてしまうのではないかと恐れ、やっぱり移すことにした。8月21日に移し、その後、どうやら大丈夫ということで9月19日に再び熱田に戻ることになった。帰り道は熱田の神職が抱えて高山本線で運んだのだった。草薙剣は私たちと同じ路線で列車の旅をしたことがあるのだ。

水無神社-4

 新年の祝日ということもあり、お札売り場も空いていて、お守りなどを買っていく人もいた。
 明治7年から10年にかけて、島崎藤村のお父さんがこの神社で宮司をしていたという歴史もある。『夜明け前』の主人公・青山半蔵のモデルとなった人物だ。
 作中の青山半蔵がそうであったように、島崎正樹も失意のどん底の中、ここで暮らしていたのだろうか。東京から遠く離れた高山の冬の雪景色を見て、何を考えていただろう。

水無神社-5

 人気神社ということで、おみくじも満載だ。
 ところで大吉などの良いおみくじを引いても結んでいってしまう人はいないだろうか。神社におみくじを結ぶのは、凶などの悪いのが出たときで、神社に代わってもらってお祓いをするといったような意味がある。せっかく大吉が出たのに置いていってしまうのはもったいない。財布にでも入れておいて、次の年に行ったとき結んでくればいい。
 おみくじもいろいろ解釈があるようだけど、結ぶという行為はわりと神聖なものだから、あまり軽々しい気持ちでしない方がいいかもしれない。

水無神社-6

 これだけ神様を取りそろえているところだから、当然お稲荷さんもいる。
 雪の階段は登りより下りが怖い。遠くから頭を下げるだけで勘弁してもらった。

水無神社-7

 片方の目が薄くなって、丹下左膳のようになった狛犬。なかなかいい顔をしていた。
 左甚五郎が子供の頃に彫ったとされる黒い神馬の写真を撮るのを忘れた。左甚五郎伝説は全国各地にありすぎて、どれも信用できない。そもそも実在したのかどうかさえ分からない。

水無神社-8

 日差しに溶けた雪が、ときどきザザッと降ってきて、それが光にきらめいてなんともきれいだった。写真に写しきれなかったのが残念だった。

水無神社-9

 神社の前を流れる宮川の支流。
 影で記念写真。

水無神社-10

 川の中で梅花藻が揺れていた。こんな冬にも青々としているのか。立て札があったから、地元ではちょっとした名所になっているのだろう。
 夏には白い可憐な水中花を咲かせる。

 飛騨一ノ宮編はあと一回続きます。
記事タイトルとURLをコピーする
コメント
  • 2012/04/08 18:02
    はじめまして!私は一之宮巡りを趣味としてものです。
    どうぞ宜しくお願いします。
  • 一之宮
    2012/04/09 00:05
    >しゃけさん

     はじめまして。
     コメントありがとうございます。
     一之宮巡りされてるんですか。
     私も神社はよく行く方ですが、一之宮は意外と盲点だったりします。
     近隣の県でも、まだ行ってないところがいくつかあります。
     二之宮、三之宮まで回るとけっこうな数になりますよね。
     また行ってきたら、紹介します。
コメント投稿

トラックバック