セントラルパークから桜通を歩く

名古屋(Nagoya)
セントラルパーク-1

PENTAX K10D+TAMRON 70-300mm f4-5.6 Di



 オアシス21をあとにして、セントラルパークにやって来た。
 セントラルパークというのもまた、どこからどこまでをそう呼ぶのか、名古屋人にもよく分からないところだ。テレビ塔を中心として、南北2キロの公園部分がそうなのかと思うとそうじゃない。全体は久屋大通公園が正式名称だ。その中の、桜通大津から広小路通までのエリアがセントラルパークなんだそうだ。北にはロサンゼルス広場や リバーパークがある。オアシス21から南は、もう久屋大通公園ではなく、バスターミナルがあり、その南はエンゼルパークとなっている。若宮大通りを挟んで南には、ランの館がある。
 こういう厳密な区分分けは、名古屋人でも把握している人は少ないんじゃないだろうか。みんな漠然とあのあたりのことをセントラルパークと言っている。
 上の写真は名チャリのステーションだ。名古屋では去年あたりから期間限定で、自転車の無料貸し出しをやっている。名古屋大学と名古屋市が共同で行っている社会実験で、放置自転車の再利用とエコのために、栄から名駅エリアに30ヶ所のステーションを設けて、市民や観光客に自転車の利用をしてもらおうというものだ。用意された自転車は300台で、期間は10月20日から12月18日までとなっている。
 会員登録すれば、どのステーションからも借りられて、どこへ返してもいいようになっている。上手く使えば便利なシステムだ。なかなかの人気で、ときには自転車が足りなくなることもあるとか。認知度が上がって浸透していけば、けっこう定着していくんじゃないか。放置されたり、人手のことなど、いろいろ課題はありそうだけど、1回100円くらいなら利用したい。

セントラルパーク-2

 昔からセントラルパークの雰囲気はあまり好きじゃなかった。開放的ではなく、狭くて、なんとなく暗い。市民の憩いの場というにはややふさわしくないようにも思う。
 私の個人的なイメージとしては、ここはおじさんが似合う。ベンチに座って鳩にエサをあげていたりすると、いかにもという感じがする。

セントラルパーク-3

 名古屋のホームレス事情の変遷は、あまりよく知らない。昔は、名古屋駅の裏に多かったけど、再開発で一掃された。今多いのは、名城公園や、若宮大通りのガード下とかだろうか。セントラルパークもけっこうそんな雰囲気だった。

セントラルパーク-4

 桜通に架かるセントラルブリッジ。
 車で下を通ることはよくあっても、この橋を歩くことはめったにない。
 名古屋名物の一つと名古屋人は思っている100メーター道路は、久屋大通のことをいう。久屋大通公園を挟んだ両側の道路は、実際幅は100メートルくらいだある。ただし、公園が半分以上なので道路自体はそんなに広くない。
 実質的には桜通の方が広く、片側4車線で50メートルくらいはある。

セントラルパーク-5

 セントラルブリッジの上から桜通を見る。この道を真っ直ぐいくと、名古屋駅前の正面に出る。
 栄の中心はもっと南の広小路通で、その間には錦通という幹線道路もある。もし、栄と名古屋駅が直線上に結ばれていたら、名古屋の街はもっと違っていたはずだ。今の位置関係は、中心地が分散してしまってよくない。観光客にも分かりづらいものとなっている。
 名古屋城も栄の北ではなく、北西となっていて、歩くには遠い。もっと上手に都市設計をしていれば、今以上に発展していただろうに。

セントラルパーク-6

 歩道橋の上から人の写真を撮るのは面白いかもしれない。長い時間粘っていたら、いろんな人が撮れそうだ。ちょっと怪しまれそうだけど。

セントラルパーク-7

 セントラルブリッジの北のロサンゼルス広場にも寄っておいた。ここはめったに来ないところで、こんな噴水池も覚えがない。昔からあっただろうか。
 セントラルパークという名前自体もニューヨークのモノマネなのだけど、ロサンゼルス広場にはチャイニーズ・シアターを真似て、マリリン・モンローなどの手形プレートがある。名古屋人として少し恥ずかしい。そんなにアメリカに憧れなくてもいいだろうと思う。ロサンゼルスは名古屋の姉妹都市だから敬意を払ったのかもしれないけど、方向性が間違っている気がする。

セントラルパーク-8

 桜通を歩いて、名駅へ向かった。
 途中で見つけたタツノオトシゴ。逆光でシルエットになった重機がそう見えた。

セントラルパーク-9

 桜通の名前は、通り沿いにある桜天神社から来ている。
 ビルとビルとの間にこそっと入り込むようにして建っている。気の毒なくらいのロケーションだ。
 信長の父である織田信秀が北野天満宮から勧請して那古野城の祠に祀ったのが始まりで、その後、万松寺に移されて、鎮守とされた。
 万松寺が名古屋城の築城にともなって大須に移ったとき、桜天神はそのままこの地に残り、現在に至っている。
 名古屋城築城のとき、加藤清正がこの場所に本陣を置いていたと伝わっている。
 かつてはここが桜の名所だったことから、桜天神と呼ばれるようになったそうだ。今は桜など影も形もない。その代わり、桜通はイチョウ並木の名所となっている。

セントラルパーク-10

 伏見通と交わる日銀前交差点。ここの歩道橋からセントラルタワーズ方面のイチョウ並木を撮るのが定番ポイントとなっている。ただ、歩道橋の上から撮ってみると、どうもしっくりこないというか面白みが感じられなかった。

セントラルパーク-11

 四角形になっている歩道橋をぐるりと一周歩いて撮影場所を探してみたけど、ここというのが見つからない。もう一度下に降りて撮ってみる。
 早朝の車がいない時間帯に、道路の上から撮ったらどんなものが撮れるのだろう。

セントラルパーク-12

 今年はイチョウも早かったようで、だいぶ葉が散っていた。ここは撮影ポイントとしては有名なところで、見頃の時期は歩道橋の上に三脚が並ぶらしい。この日は一人もいなかったところを見ると、もう時機を逸していたようだ。
 セントラルブリッジから日銀前で、名駅まではまだ半分くらいだ。
 次回は堀川沿いの風景をお届けします。
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コメント
  • 名古屋駅と栄の関係
    2009/12/13 10:36
    名古屋駅はもともと広小路笹島交差点にありましたが、高架化移転により桜通りまで北上しました。よって東西軸にズレが生じたのです。笹島交差点から放射状に道路が出ていますのでその過去がよくわかります。致し方ない話ですが、歴史を踏まえて町が発展していけばいいと思いますけど。市電の中心が柳橋交差点にありました。地下鉄東山線がその歴史軸線を残し開通、新道として桜通線が追随で開通。             実は名古屋城下町の街道の起点が広小路通と桜通の間、伝馬町通本町交差点にありましたので、南北方向に東西都市軸が動いているだけで発展的だと思いますが。
  • 2009/12/13 12:30
    書かれていますが、セントラルパークというのは本来は地下街などを運営している会社の名前で、そこの地下街を「セントラルパーク地下街」と呼んでいるんです。地上の公園はあくまでも「久屋大通公園」が正しいはずです。

    久屋大通公園も北から通称も含めて「リバーパーク」「ロサンゼルス広場」「セントラルパーク」「エンゼルパーク」と分れていますが、エンゼルパークもそこにある地下駐車場の経営会社の名前です。

    昔、久屋大通公園で麻薬の取引が横行し、それをマスコミが「セントラルパークで外国人による麻薬の・・」と報道していた際に猛烈に抗議があったと聞いています。だから本来は地下街以外には使っちゃいけないのかも。

    一時は本当に治安の悪い雰囲気がしましたものね。30年くらい前かな。
  • 循環性の問題
    2009/12/15 02:44
    ★ちょっとおじゃまさん

     こんにちは。
     そういえば名古屋駅は、再開発の前は位置がずれてましたね。
     笹島の裏などもずいぶん様変わりしました。
     高島屋とタワーズは成功と言えるでしょうか。
     かつては円頓寺あたりが繁華街だったことを考えると、名古屋の街も時代を経て変わってきたんですね。
     お堀電車とか、懐かしい。

     ここ数年、名古屋と東京をまとめてかなり巡りましたが、一番の違いは循環性だと感じました。
     名古屋も魅力的な場所はあるのに、循環性がよくない。特にどん詰まりになってる名古屋港と街中の関連性がもっとよくなればなぁと思います。
     イタリア村はなくなってしまいましたが。
     
  • なるほど
    2009/12/15 02:47
    ★moumingさん

     こんにちは。
     久屋大通公園の説明ありがとうございます。
     そういう関係と名前だったんですね。
     そういえば、地下駐車場も昔はちょくちょく使ってました。
     クリスタル広場なんて、何年行ってないだろう。
     昔の記憶はあまりないのですが、変わったといえば大きく変わりましたね。
     雰囲気はずいぶん明るくなりました。
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