美浜町で日本海の海と空を堪能する <第二回>

観光地(Tourist spot)
美浜1-1

PENTAX K10D+DA 16-45mm f4



 三方駅から二つ引き返して、美浜駅で降りた。この駅からは海水浴場も近く、三方五湖巡りの遊覧船が出るレークセンターの最寄り駅ということで、三方五湖の実質的な玄関口ということになる。
 湖巡りのジェットクルーズに乗るかどうか迷ってやめたのは、とにかくそれに乗ろうとするとスケジュールがすごくタイトになるからだった。まず交通の便が致命的に悪い。普通の路線バスはなく、地域のコミュニティーバスに乗らなくてはいけなくて、それは観光客用ではないから電車の時間と船の時間との連絡はまるで考えられていない。そうなるとレークセンターまでは歩いていくしかなく、距離が4キロくらいある。船は1時間に1本で、電車を降りてから次の船が出るまでに1時間しかなかった。チケットを買う時間を考えると、ぎりぎり間に合うかどうか。
 結局、やめる決め手となったのは、実際に乗った人の声だった。船から見る湖は変化に乏しく、たいして楽しくなかったという感想を読んで、それなら無理して乗ることはないかということになった。
 三方五湖は、それぞれがつながっていて、海に近いところほど汽水が強く、湖によって色が違って見えるそうなのだけど、それは上から見下ろしたときの話で、水上レベルではあまり分からないらしい。湖の周囲に風光明媚な場所があるわけでもなく、乗船時間の40分の間、あまり撮りどころもなさそうだった。
 一度しか行かないところだろうから、時間の連絡さえ上手くいけば乗りたい気持ちはあったのだけど。
 というわけで、とりあえずは海を見るために海岸まで出て、そのあと湖方面に歩いていってみることにした。
 海水浴シーズンが終わった9月の始め、美浜駅に降り立つ人は少なく、見渡す限り観光気分の人は私以外にいなかった。

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 JR小浜線の美浜駅風景。ローカル線の風情が感じられる。
 福井県というのは、イントネーションのなまりがほとんどなくて、地元の人が話している言葉は標準語に近く、そういう意味での旅情緒はやや物足りなさを感じた。三重県へ行けば関西訛りだし、岐阜県は名古屋弁に近い言葉を話すから、そういうのを聞くと旅をしている気分になる。福井は東北訛りもない。
 ただ、子供がお母さんに、「ねえ、この千円、こわして」と言うのを耳にしたときは、クスッときた。壊す? どうやら札を小銭にすることを、こわすと表現するらしい。そういう独特の言葉使いは他にもいろいろあるのだろうと思う。

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 美浜駅の駅舎も、近代的できれいなものだった。最近建て直したものだろうか。
 小浜線は電車の車両も新しいし、駅もきれいだから、昔ながらのローカル線という感じじゃない。
 敦賀と東舞鶴を結ぶ小浜線が全通したのは、1922年だから、昔からこんなにきれいだったはずはない。2003年に電化されたというから、それを機にいろいろと一新したのかもしれない。

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 駅前は観光客を歓迎するような店は一切見あたらない。おみやげ物屋はもちろん、食べ物屋のたぐいもない。スーパーもコンビニもない。ここはどういった性格付けの駅なんだろうと不思議に思う。町の中心は駅前ではないのか。
 一日の乗車数は250人足らずというから、住宅街ではなさそうだ。といって、観光地でもない。近くに名所旧跡のようなものはなさそうだ。もう少し賑わっているかと思っていたから、戸惑った。

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 一番近い浜辺までは、1.5キロくらいある。直線の道がなく、ぐるりと回り込まないといけない。
 遊覧船はあきらめたので、のんびり歩いていくことにする。横からは麦わら帽子をかぶったおばあさんが自転車で追い抜いていった。線路脇には、コスモスや百日草が咲いている。

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 ちょうど稲刈りの時期で、このときも作業をしているところだった。もうかなり進んでいた。
 米にとって潮風はどうなのか分からないけど、けっこう大規模な田んぼ風景が広がる米どころのようだ。

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 海に近づくと、細く入り組んだ路地に古い家が集まっている。白壁の蔵なども残っていて、町の古さが垣間見える。

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 美浜町でもマンホールの蓋を見つけて撮る。
 これも説明してもらわないとちょっと分かりづらい。
 下にはボートを漕ぐ人のような絵が描かれている。久々子湖で行われる市民レガッタ大会というのがあるそうだから、そのことなのだろう。
 上の周囲が松というのは分かる。敦賀には気比の松原があるし、それに近い御浜町にも松はたくさんあるのか。
 もう一つの花は、ツツジらしい。言われなければ気づかない。御浜町の花がツツジなんだそうだ。

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 なんだこれ、という建物が建っている。二階の屋根がやけに小さい。どういう建物なんだろう。
 ここだけ切り取ってみると、不思議な感覚に陥る。昔の時代の風景のようというか、時代劇のセットみたいにも思えた。

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 ようやく遠くに海が見えてきた。とても青い。
 海を前にしたこのときのワクワク感が楽しい。わー、海だ、という芸のない反応をしてしまう。

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 松原海水浴場に到着。おお、日本海。白砂の海岸とはいかなかったけど、海の青さに日本海を感じた。
 それにしても、この砂質は歩きづらい。水気を含んだ小砂利に足が取られる。走って足腰を鍛えるにはいいけど、散歩やデートにはあまり向かない。この海岸を長く歩いたことが、のちのちダメージの蓄積につながった。
 写真を見ても、誰かが歩いた足跡が深くくっくり残っているのが分かる。
 打ち上げられたゴミや、海水浴客が残していった残骸などもあり、浜辺としてはあまりきれいではないのが残念なところだ。半島の方のダイヤモンドビーチとかはもっときれいらしい。あと、夏場だけ渡し船が出ている沖の無人島、水島はすごくきれいなようだ。

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 福井県の日本海といえば、東尋坊に代表される越前海岸の荒っぽいイメージが浮かぶ。車で行ったときはそちらを巡って、これぞ日本海だと思ったのを覚えている。
 敦賀や美浜がある若狭湾は、波も穏やかで荒々しさはない。太平洋の内海とさほど変わらない。
 ただ、青色の深みが違う。じっと見ていると、少し恐ろしいような気もしてくる。

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 日本海の空。
 雲が多いながらも、青空の青は気持ちのいいものだった。心なしか、空が高い。

 美浜編はこのあと海の後編があって、湖編へとつながっていく、全3回を予定している。
 つづく。
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コメント
  • 2009/09/20 14:02
    細かいところに反応します。
    私の家も両替するとき「こわす」と使います。
    そっか、これ方言だったのですねぇ。気をつけよっと。
    ちなみに、両親も祖父母も名古屋出身です。
  • 名古屋弁もこわす?
    2009/09/21 02:55
    ★moumingさん

     こんにちは。

     お金をこわすって、実はけっこう広い範囲で使われてるみたいです。
     普通は崩す、ですよね。
     地方によってはいろいろな言い方があるみたいだけど。
     名古屋でもこわすなのかも。ちょっと、一万円、こわしてきて、とか言いそう。

  • 美浜町へようこそ ~1~
    2017/06/22 23:32
    遅ればせながら、ジモティから感謝の意を。
    地元の事は地元の人が一番知らない、、、と言う法則もありまして、参考にさせて頂きました。
    美浜駅の漁船ですが、なぜ置いてあるのか分かりません。子供の頃からの疑問でした。で。デジカメ持って撮りに行ったら、、、無くなってました。残念。
    美浜駅の不思議はもう一つあって、夏になると風鈴が吊されます。
    風鈴を作っているワケではありません。
    駅にいる委託駅員に聞きましたところ、そういう風習があったので継承しているだけだとか。。。
    方言ですが、福井県は越前言葉と若狭言葉に二分され、若狭言葉は京都の影響を受けています。
    美浜弁は一括りで語れず、集落毎に方言が存在するとも言われています。
    浜言葉は子供の頃全く理解できませんでした。
    美浜町は商業が盛んな街でした。
    なので、駅前が商業の一等地とはならなかったのだと思います。
    海岸は河川からの堆積物ですから、河川毎に砂や石の種類が変わります。
    長文になりましたので、この辺で。
  • 追記
    2017/06/23 00:24
    「松」ですが、愚生が子供の頃は、若狭街道の松並木が、所々に残っていました。
    昔の写真や、お年寄りの話では、もっと多かったようです。
    防砂林か防風林か分かりませんが、海岸の陸地側には松林もありました。
    一時期、松食い虫の被害がありましたので、松は圧倒的に減りました。
    そんなこんなで、その名残としてマンホールの蓋に描かれているのだと思います。
  • 美浜町トークその1
    2017/06/23 22:14
    >ハハハマもんさん

     こんにちは。
     コメントいただきありがとうございます。
     美浜町を訪れたのは2009年のことになるんですね。
     今でもよく覚えてます。
     あれは夏の終わりの暑い日でした。
     ただ、名古屋と比べると空気も違って、暑さの質も違うような気がしました。


     美浜駅の漁船はすでになくなってしまったのですか。
     あれは風景に溶け込んでいてよかったですよね。
     駅に降り立ったとき、ああ、海の近くの町に来たんだなと思いましたから。
     風鈴は印象になかったです。このときもあったでしょうか。

     福井も広いですし、江戸時代は越前国と若狭国に別れていたわけだから、文化の違いもあるでしょうね。
     お互いの仲はいいでしょうか。県によってはいまだに因縁でいがみ合ってるところもありますね。(^^;
     言葉がそんな違うんですか。それも教えていただかなければ分からないことでした。

     若狭街道の松並木もあったんですね。
     海辺の街道は松林が定番ですもんね。
     気比の松原も行きました。
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