お祭り騒ぎに乗っかって私も部分日食を撮ってみた

星(Star)
日食-1

Canon EOS 20D+EF75-300mm f4-5.6 IS+C-PL



 今日見られるものは今日見ておけということで、私もブームに乗って日食を撮ってみた。悪石島ツアーへ行くほど優雅なお金持ちではないので、おとなしく名古屋にいた。悪石島は大雨だったようで、あれはちょっと気の毒だった。テント泊で34万円って、どこからそんな金額が出てくるのか。
 全国的にも、よく見えたところとあまり見えなかったところがあったようだ。名古屋は曇り空ながら、ときどき雲の間から太陽が出ては隠れるというというのを繰り返した。最大80パーセント近く欠けたときはちょうど雲がかかって見られなかったものの、その少し前に雲の間から撮ることができた。
 雲が出たというのは、撮影には有利に働いた。NDフィルターを持っていない私は、C-PLフィルターでなんとか誤魔化して撮るしかなく、もし晴天だったら明るすぎて撮れなかったと思う。曇りでもちょくちょく太陽を見ていたら、目が少しおかしくなった。
 雲のおかげで、幻想的な写真になったこともあって、個人的には満足のいく日食観測となった。見たし、撮れたと思えたから、納得した。
 せっかくたくさん撮ったから、何枚か載せておきたい。同じような写真だから、あまり意味はないのだけど。

日食-2

 欠け始めて間もない頃。
 欠けるというよりも、太陽の前を月が横切っていくという感じだった。
 このときは太陽の面積が大きくて、明るすぎてまとも撮れていない。シャッタースピードの最速が1/8000秒の20Dでも、シャッタースピードが遅すぎる。1/8000秒なんて使う機会はないと思っていたけど、それでも足りないなんて考えたことがなかった。

日食-3

 これくらい月が割り込んでくると、太陽が隠れてしまうことが感覚的に分かる。
 ただ、大きさ的に月の大きさが少し足りない気もした。単にずれるというだけではなく、見る場所によって見かけ上の月の大きさが違って、皆既日食になったり部分日食になったりするのだろうか。詳しい仕組みが今ひとつよく分かっていない。
 右斜め上から進入した月は、そのまま直進せずに、少し曲がって太陽の右側を通って抜けた。だから、上を向いていた三日月型の太陽は、次第に右向きになっていく。
 このあたりの軌道も、場所によって違いがあったのだと思う。

日食-4

 日本における日食の最も古い記録は、推古天皇の時代の628年だ。『日本書紀』に出てくる。
 聖徳太子は622年に死んでいるから、日食は見ていない。
 卑弥呼の時代の247年と248年の二度、日食があったという説がある。
 太陽を崇拝するシャーマンの卑弥呼は、このことで神通力を失い、女王の座から追い落とされたと考えている人たちもいる。
 卑弥呼とアマテラスを同一とする説もあり、太陽神であるアマテラスが隠れたため世界が真っ暗になってしまった岩戸隠れの伝説を、皆既日食と結びつけると話はつながる。
 ただ、私たちは古代人を無知な人々と考えがちだけど、当時からすでに天体や太陽に関する知識はかなりあったんじゃないかと思う。日食についてもある程度は分かっていたのではないか。
 それに、皆既日食といっても数分から数十分のもので、世界の破滅と騒ぐには時間が短すぎる。そのことだけで卑弥呼が殺されたとするのはちょっと納得できない。
 ただし、本当に2年連続で皆既日食かそれに近い日食が起こったとすれば、二度目のときにいよいよ卑弥呼では駄目らしいと考えたというのはあるかもしれない。
 安倍晴明が生きていた平安時代の975年にも皆既日食はあり、源平合戦のさなかの1183年には金環日食があったと記録に残っている。
 平安時代にはすでに知識としてあったようだから、それ以前の記録から研究がなされていたということだろう。昔も今も、部分日食はわりと頻繁に起こる。

日食-5

 最大に欠ける少し前はこんな感じだった。
 その後は雲が覆ってほとんど見えなくなり、私も興味をなくして見なくなってしまったので、後半の進行状況は掴んでいない。一応撮れただろうということで満足してしまった。
 次回の皆既日食は、2035年だ。
 ただ、完全な皆既日食となるところは海上のごくかぎれた地域で、日本列島上では金沢あたりの0.994が最大となる。東京でも0.992とほぼ隠れるから、このときも大きな話題になることは間違いない。問題は、自分が生きていられるかどうかだ。
 部分日食は今後もちょくちょく起きる。中でも2012年5月の金環食は、太平洋岸の広い地域で見られるから、現実的にはこれを楽しみとすることになる。
 北海道から九州、沖縄まで、全国的に9割以上の日食になるから、ツアー旅行に行く必要もない。
 東京も0.969のほぼ完全な金環食が見られるし、名古屋もそれに近い。
 時間帯が6時から7時にかけてということで、家の周りに高い建物が多いと見られなかったりするかもしれない。5月の7時というと、太陽はどれくらいの高さにあるだろう。
 一生に一度きりと大騒ぎしていたけど、近いものがちょくちょく見られると思うと、ややありがたみが薄れるか。
 76年周期のハレー彗星の方が貴重だった。1986年に見逃したから、次の2061年は相当遠い。
 まあしかし、こんなちょっとしたお祭り騒ぎもたまにはいい。大雨でそれどころではなかったところもあることを思えば、浮かれていられるのも平和な証ということになる。
 あとから振り返ったとき覚えているのは、ワールドカップで有名になった中津江村や、オウムで知られるようになった上九一色村のように、悪石島のことかもしれない。
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