番外編風景写真で桑名シリーズは完結 <桑名16回>

観光地(Tourist spot)
桑名最終回-1

PENTAX K10D+DA 16-45mm f4



 桑名シリーズは今回が最終回になる。前回、大福田寺まで紹介したから、その続きからということになる。
 まず目指したのが西桑名神社だった。北桑名神社へ行ったら西桑名神社も行っておくべきだろうと思い、無理して行った。ここがまた遠かった。
 東桑名神社と南桑名神社はない。

桑名最終回-2

 この神社については、調べてもよく分からなかった。
 神社の由緒書きが「当地の古老の伝説によれば」から始まっているところからして、神社自身よく分かっていないらしい。古老の話で、しかも伝説ときてはどこまで信じていいものかどうなのか。
 西に100メートルほどいったところに、西方城の跡があって、その城主だった加藤勘助が祈願所として八幡宮を勧請したのが始まりとのことだ。それが本当だとすれば、室町時代の後期ということになるだろうか。
 大海人皇子が壬申の乱の前に立ち寄ったのがこのあたりだという伝説もある。ここから伊勢神宮を遙拝したらしいのだけど、当時この辺は海岸線近くの高台で、伊勢はちょうど真南になるから、そちらを向いて拝んだというのはまんざらでたらめでもないように思う。
 桑名市街地に残る天武・持統天皇の伝説はちょっと信用できないから、案外このあたりが実際に訪れた場所だったんじゃないだろうか。
 伊勢に関係するという点では、行こうとして見つけられなかった伊勢大神楽講社益田宮(増田神社)というのが南100メートルほどのところにあって、そこでは伊勢神宮に参拝できない人の代わりに神楽を奉納する神事が今も伝わっている。

桑名最終回-3

 場所としては、桑名駅からもだいぶ離れた奥まったところにあって、ここを訪れる観光客はほとんどいないと思われる。近所の人が犬の散歩に来ていたくらいだ。
 祭神は八幡宮ということでホンダワケ(応神天皇)だ。宇迦之御霊神(ウガノミタマ)、火産霊神(ホムスビ)、大山祇神(オオヤマツミ)、天照大神(アマテラス)が合祀されている。
 西桑名神社となったのは昭和9年で、それ以前は南大山田神社という名だったらしい。それもどこから出てきた名前なのかよく分からない。
 増田神社はすぐ前まで行っていたのに、一本奥に入ったところにあったようで気づかなかった。
 それにしても、もういい加減歩き疲れて駅に向かうことにする。

桑名最終回-4

 道路の反対側に桑名神明社というのがあった。けど、道を渡る気力さえも残ってなくて、こちら側から写真を撮ることしかできなかった。
 地図にも載ってないような小さな神社だし、神明社というのは他にもいくつかあって、回っていないところもある。
 寺っぽい雰囲気もあるから、もとは寺の中の神社だったのかもしれない。

桑名最終回-5

 少し暗くなり始めた夕方の雰囲気。
 上は鉄道をまたぐ道路で、歩行者は横断歩道を渡っていく。駅はもう近いぞと、自分に言い聞かせて気力で歩く。

桑名最終回-6

 最後の駅の写真の前に、本編で入りきらなかった写真を番外編として、ここでねじ込んでしまうことにする。
 ここは桑名高校の屏沿い。
 下校途中の女子高生と、部活でランニングをする生徒。
 校門の前や帰り道の学生たちの様子が、いかにも男女共学の公立高校らしい空気感で、とても懐かしかった。自分が行っていた高校と近いものを感じた。あの頃に戻りたいかといえば、決して戻りたくはないけれど。

桑名最終回-7

 自転車通学だったこともあって、ロマンチックな下校なんてのはなかった。二人乗りの帰り道なんてのは甘い幻想だ。
 高校の頃、学校から帰ってから何をして過ごしていたのか、今となっては思い出せない。時間はたくさんあったはずなのに。

桑名最終回-8

 わりとちょくちょく猫と出会った。ふれ合うほど近づくことはなくても、道を歩いている猫を見つけると嬉しい。

桑名最終回-9

 カトリック桑名教会。立坂神社の南にあった。

桑名最終回-10

 お寺かと思ったら民家だった。
 容積の大きな二階建ての日本家屋で、緑色の屋根が異彩を放っていた。

桑名最終回-11

 道端のお地蔵さん。
 べべを着せてもらって大事にされている。こういうのを見ると、服を着せられた犬を思い出す。一緒にしたらいけないのだろうけど。

桑名最終回-12

 貝塚公園というから、古墳でもあるのかと行ってみたら、それらしいものは何もない。説明板もなく、貝塚を探したけど見つからなかった。
 帰ってきてから調べたところ、貝塚が見つかったところではなく、初代桑名市長の貝塚栄之助の別荘があった場所だということを知って、ガクッときた。そりゃあ、貝塚をいくら探しても見つかりっこない。
 この家に養子として入った貝塚茂樹の弟が湯川秀樹だというのを知って、へぇーと思う。

桑名最終回-13

 桑名市役所跡の京町公園。
 江戸時代は京町見附があったところで、その後桑名の町役場が出来て、一時桑名病院としても利用されていたらしい。

桑名最終回-14

 この水路は揖斐川から引っ張ってきてるものと思うけど、それにしては浅いし、どういう用途のものかよく分からない。
 西にはアーケードがあって、桑名別院もある。
 家の裏手で、生活感があって、ちょっといい雰囲気だった。

桑名最終回-15

 桑名らしいハマグリマンホール。

桑名最終回-16

 駅に辿り着いたところで、この散策も終わりとなった。
 ホームに、中原中也の「桑名の驛」の詩碑がある。行きに降りたとき見つけて、写真を撮ろうと思ったのだけど、周りに人がたくさんいて、帰りでいいやと思って撮らなかった。帰りに乗るホームは別だということに、そのときは思い至らなかった。失敗した。
桑名の夜は暗かつた
 蛙がコロコロ鳴いていた
 夜更の駅には駅長が
 綺麗な砂利を敷き詰めた
 プラットホームに只独り
 ランプを持つて立つていた

 昭和10年、妻子を連れた中也は、故郷の山口から上京する際に、深夜の桑名駅に長時間足止めを食った。電車が不通になったらしい。
焼蛤貝の桑名とは
 此処のことかと思つたから
 駅長さんに訊ねたら
 さうだと云つて笑つてた
 桑名の夜は暗かつた
 蛙がコロコロ鳴いてゐた
 大雨の、あがつたばかりのその夜は
 風もなければ暗かつた

 現在の桑名駅は、それほど暗いというわけではなく、かといって都会の明るさはない。
 帰りの普通列車は空いていた。普通でも名古屋までは30分。近いんだからまた行けばいいかといえば、もう行かなくてもいいかなと今は思っている。予定していたところはだいたい回って、心残りはない。
 また次の旅に出よう。
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コメント
  • 拝読させていただきました
    2014/04/03 19:36
    桑名シリーズ読ませていただきました!

    桑名のしかも、私の住んでいる近辺を特に回られていたのですね。
    大変嬉しく思います。

    なかなかお厳しい意見もあって、他所の方から見るとそういう感じなのかなぁと受け止めました。

    戦災で多くの物を失った街です。
    桑名市民は頑張ってあそこまで復興させました。

    そんないい街です。
    もう行かなくていいかな?なんて思わずに是非とも改めて、また足をお運びくださいませ!


  • 桑名再び
    2014/04/04 01:02
    >風神雷神さん

     こんにちは。
     コメントありがとうございます。
     桑名の話もお読みいただいたようでありがとうございました。
     あのときは一気に寺社を巡って、おなかいっぱいだったのですが、あれからけっこう歳月が流れました。
     私は松阪生まれなのですが、桑名は意外と縁がないまま過ごしてきました。
     行ったことがあるといえば、多度大社や多度山、あとは北勢線の沿線くらいです。
     また桑名もお邪魔しないといけませんね。員弁川の風景を撮ってみたいというのはあります。
     そちらも春の山車祭りがあったようですね。名古屋や周辺も、そろそろです。
  • 2014/04/06 21:43
    2009年に来られたんですよね!

    あれからわずか5年ですが、撮られた廃屋も数々壊され、今は駐車場となっています。
    だから、blogを拝見して懐かしく思います。


    桑名宗社で変なオッサンに叱られたとの事ですが、ポマードべったりで猫背の者ではありませんでしたか?

    もしそうでしたら、その変わり者は今は施設に入っているとか?
    全くお気になさらずにいてください!
    神社とは無関係ですから!(笑)


    今の桑名はレンタサイクルもありますので、寺社参拝は楽になったかと思います。
    相変わらず駅西地区は山手なので、無意味ですけどf(^_^)
  • 次はレンタサイクルで
    2014/04/07 23:19
    >風神雷神さん

     こんにちは。
     そうですね、桑名を訪れたのはもう5年も前になるのですね。
     桑名に限らず、5年というとけっこう街並みも変わりますね。
     長く建っていた古い建物も、壊されるとなるとあっという間に更地になったりしますし。

     桑名宗社は、けっこう年配の方だった気もするのですが、叱られたことは印象に残ってます。(^^;

     レンタサイクルがあると、行動範囲がぐっと広がりそうです。
     次はそれでいこうと思います。
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