三尾神社はただのウサギの神社じゃない - 現身日和 【うつせみびより】

三尾神社はただのウサギの神社じゃない

三尾神社入り口




 ウサギの神社としてウサギ好きの間ではちょっと知られた神社がある。滋賀県大津市の三井寺の入り口に建つ三尾神社(みおじんじゃ)だ。
 この神社についての扱いをどうするか迷って、決めかねたまま最後になってしまった。簡単に説明しようとするとあまり書くことがないのだけど、滋賀(高島市)のもう一つの三尾神社や水尾神社、三尾氏と継体天皇、神代文字で書かれた謎の古史古伝「ホツマツタヘ(秀真伝)」などを絡めて書こうとすると、それはちょっと大変なことになる。
 軽く勉強はしてみたものの、全体を把握して要点を書くにはまだ理解が足りないと判断して、今回は見送ることにした。まだ機は熟していない。こういうのも縁だから、いずれ機会があると思う。
 というわけで、今回は三尾神社について、ウサギの神社という一般的な紹介をするにとどめたい。




神楽殿

 この神社のことはまったく知らず、三井寺のライトアップを見に行ったとき、入口近くにあったからついでに寄ってみただけだった。ライトアップが始まるまでまだ20分ほどあったから、時間調整にちょうどいいと思ったのだ。
 境内に入ると、いたるところにウサギ関連のものがある。この神社の関係の人がウサギ好きで、ウサギを神社のマスコットにしてるのかなどと考えたりしたけどもちろんそんなことはない。
 帰ってきてから調べてみたところ、ウサギは神の使いで、選ばれたのにはちゃんとした理由があったことを知ったのだった。
 起源は伊邪那岐命(イザナギノミコト)の時代まで遡る。
 イザナギノミコトが、三井寺(圓城寺)の西にある長等山にやってきて、この山の神(地主神)となったことが始まりだった。
 でも、ちょっと待て。いつ、イザナギはこの山にやって来たのか。イザナギといえば、死んだイザナミを追いかけて黄泉国へ行って、後ろを振り返ってはいけないというのを振り返ってしまったばっかりにひどいことになって、その後、近江の多賀へ逃げ込んで隠れたのではなかったか。淡路島の多賀という説もあるけど、近江の多賀といえば琵琶湖の東で、イザナギは多賀大社に祀られている。ということは、イザナミが死ぬ前に、長等山に来て地主神になったということだろうか。
 三尾神社の祭神はイザナギともいい、三尾明神ともいう。途中で三井寺に取り込まれてしまった関係で、イザナギと三尾明神は同一視されたということなのか。
 三尾の名前の由来は、イザナギが腰に赤、白、黒の3本の腰帯をつけていて、それが3つの尾のように見えたことから来ているという。
 その腰帯はやがて神格化され、赤尾神、白尾神、黒尾神となり、そのうち三尾神社の神は赤神で、三井寺山中の琴緒谷(ことおだに)に現れた。白尾神が今の三尾神社があるところに、黒尾神は鹿関(かせぎ)にそれぞれ降り立った。
 赤は赤尾天照太神、黒は黒尾新羅太神、白は白尾白山権現だという。
 赤尾神が現れたのが、 卯年の卯月卯日、卯の刻、卯の方角からだったため、ウサギが神の使いに選ばれたということになっている。
 その後、859年に円珍が園城寺とともに再興し、更に室町時代に足利将軍家が復興させたとされている。秀吉も社殿の修理を命じている。
 というのだけど、この説明では今ひとつよく分からないし、納得できない部分もある。三神が天皇家の始祖であるアマテラスと、朝鮮の新羅の神と、仏の白山権現と、すごい混ざり方をしている。有力豪族だった三尾氏や渡来人などが関わったもっと複雑な歴史が隠れていそうだ。ウサギを神の使いとしたのも、もう少し深い意味があったんじゃないだろうか。
 明治の神仏分離令によって、三井寺にあった三尾神社は現在の地に移され、早尾社、新日吉社(長等神社)と合祀された。少し南にある長等神社との関係はどうなっているのだろう。あちらは寄ってないから、よく知らない。
 その後、この神社は明治に入ってトントン拍子に出世していく。この地に移ったのが明治9年で、14年には郷社、明治22年には内務省から資金が与えられ、明治43年には県社に昇格している。寺の中の一つの守護神にすぎなかったのに、もともとこの神社は力を持っていたということか。




拝殿前

 訪れたのが日没直後ということで、提灯に明かりが入っていい雰囲気だった。昼間訪れていたら、少し印象が違ったかもしれない。




檻の中のウサギ

 ウサギの予備知識がまったくない状態で訪れているから、いきなりウサギの口から水が出ているのを見たら笑う。なんでウサギなんだろうと誰だって不思議に思うだろう。
 何故か檻に囲まれているし、このウサギは何か悪いことでもしたのだろうかと考えたとしても無理はなかった。




拝殿

 思ったよりも奥行きがあって立派な社殿が建っていた。
 最近の調査で、本殿は室町時代に建てられたことが判明したそうだ。

 追記。
 2012年(平成24年)に本殿が重要文化財に指定された。



拝殿前と灯籠

 いろんなところにウサギがいる。
 のれん(?)にもウサギの絵が描かれていて、誰かの手書きだろうかなどと思った。よほどウサギが好きらしいというのがこのときの印象だった。
 神紋も「真向きのうさぎ」というウサギをかたどったものだから、かなり初期の段階からウサギが神の使いと定まっていたようだ。
 ウサギの神社というのは全国的にも珍しいんじゃないかと調べてみたら、埼玉浦和に調神社(つきじんじゃ)というのがあり、京都にも岡崎神社がある。他にもウサギ関連の神社はあるのかもしれない。




兎の置物

 イザナギ、イザナミの関係で、縁結びのご利益もうたっている。
 卯年生まれの人の守り神でもあり、卯年には大勢の参拝客が訪れるんだとか。
 ウサギ好きの人にとってはなかなか楽しい神社と言えそうだ。




境内の様子

 境内は掃き清められていて、清潔感がある。静かで落ち着いた雰囲気は好感が持てる。




境内社

 境内社の一つ。日御前神社(ひのごぜんじんじゃ)。
 天武天皇の長子である大津皇子(おおつのみこ)の姫・瓜生姫(うりうひめ)が創建したと伝わる神社で、もともとは別の場所にあったものを明治の終わりにこの地に移され、三尾神社の末社となった。
 アメノミナカヌシ(天之御中主神)、タカミムスビ(高御産巣日神)、カミムスビ(神産巣日神)と、天地開闢の際、最初に現れたとされる三神を祀っている。
 本殿の前に置かれた朝瓜に似た石に拝むと赤ん坊の夜泣きがやむとかいう話で、安産祈願などで訪れる人も多いという。



境内社三社

 白鬚神社夷子神社、天満宮、白山神社愛宕神社。

 三尾神社についてはまだ心残りもあるから、またどこか別のところでつながって欲しい。そのときまでにもっと勉強して、継体天皇についても理解を深めておきたい。となると、越前へ行かなければいけないか。
 滋賀のもう一つの三尾神社は、今はもう姿を消している。水尾神社は今もあって、あちらが三尾氏の本拠だろうから、機会があれば高島方面も行ってみたい。その南には、小野一族を生んだ小野の里もある。
 近江の歴史もなかなかに興味深い。
 
【アクセス】
 ・京阪電気鉄道坂本石山本線「三井寺駅」下車。徒歩約10分。
 ・JR東海道本線(琵琶湖線) 「大津駅」 下車。徒歩約30分。
 ・駐車場(三井寺) 有料(500円)
 ・拝観時間 終日
 
 三井寺webサイト
 
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