昔も今も静岡の中心は駿府にあり ---静岡シリーズ第1回

名所/旧跡/歴史(Historic Sites)
静岡1-1

PENTAX K10D+DA 16-45mm f4



 静岡県って何地方?
 ふと、そんな疑問が頭に浮かぶ。
 愛知県民からすると、仲間のようで仲間じゃない。うちら中部三県は仲良しだけど、静岡はちょっと違うよねという意識がある。静岡県民もきっとそうなのだろう。
 かといって関東でもない。関東連合からしたら、おいおい勝手に仲間に入ってくるなよと思うだろう。東海四県というくくりにするより他にないか。
 愛知県側からすると、浜松や磐田あたりまでは近い感じがするけど、掛川から向こうは遠く感じる。今回行った静岡市もけっこう遠かった。
 富士川あたりを境に、電気も60ヘルツと50ヘルツに分かれているくらいだから、県民性もかなり違ってるんじゃないだろうか。
 静岡は静岡で独立した地方なんだといえばそうなのかもしれない。
 歴史を見ると、この地域はなかなかに複雑であり、歴史の舞台にもなった土地でもある。
 今回行く予定で行けなかった登呂遺跡があったり、ヤマトタケルが天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)を使って難を逃れたのも静岡だった。剣は以来、草薙剣と名前を変え、賊を焼き払った野原は焼津と呼ばれるようになった。
 伊豆の韮山に流刑された源頼朝が北条政子と知り合ったのも静岡だった。
 現在の静岡の元になったのは、伊豆国、駿河国、遠江国の三つの地方で、駿河(するが)に国府があった。駿府(すんぷ)という呼び名は、駿河の国府が縮まったものだ。
 その駿府の守護大名だったのが今川氏で、松平家(のちの徳川家)は三河の弱小豪族にすぎなかった。家康は今川家に人質として差し出され、6歳からの12年間を主に駿府で過ごすことになる。
 更に隠居してから大御所時代の10年間を駿府に暮らすことになるのだけど、それはまた別の話。駿府城編で書きたいと思っている。
 明治4年の廃藩置県で、静岡は伊豆地方の韮山県、駿河、遠江の静岡県、浜名湖周辺の堀江県と、3つの県に分かれることとなった。その後、足柄県やら浜松県やらが絡んで、ややこしいことになる。
 最終的には、浜松県と静岡県が合併して現在の静岡県ができた。明治8年のことだ。
 静岡という地名は、浅間神社裏手の賤機山(しずはたやま)から来ている。賤ヶ丘から静岡に転じた。
 そんなわけで、静岡の県民性というのは一概には語れないものなのだろうと思う。何地方に属しているかも、住んでいる地区によってかなり意識に差がありそうだし、テレビ放送なども、西と東では受信番組が違うんじゃないだろうか。食べ物にもいろいろ地域色がありそうだから、機会があればサンデー料理のネタとして使ってみたい。

静岡1-2

 駅前は大都市と地方都市の間くらいの感じで、ほどよく賑わっている。さびれた感じはなく、荒れてもいない。清潔でよく整っている印象を受けた。
 さすがに政令都市だけのことはある。静岡県の県庁所在地でもあるし。
 駅前はやけに地下道が多い。というか、歩道が少ない。道を渡るのにわざわざ地下に降りないといけないのはちょっと面倒だ。車にとっては走りやすい街と言えるかもしれない。

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 駅から駿府公園にかけて、提灯がずっと吊られている。桜まつりかと思ったら、静岡まつりのものらしい。
 私が行ったのが2日で、3日から3日間行われるようだ。その祭りの存在自体知らなかったのだけど、静岡では一番有名な祭りなんだとか。
 静岡浅間神社の廿日会祭と連動する形で昭和32年に始まったものだそうで、毎年桜の季節に行われている。
 大御所花見行列や駿府登城行列などが市内を練り歩き、夜桜乱舞という踊りでも知られているんだとか。一日違いで惜しいチャンスを逃した。

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 遠くから見たら、教会か何かの歴史的建造物に見えた。近づいて見てみると、どうやら違う。ニコライ堂のようなものかと思った。
 1934年(昭和9年)に建てられた静岡市役所静岡庁舎本館だそうだ。歴史的建造物と言えばそうだ。

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 静岡市内はちょうど桜が見頃を迎えていた。名古屋より少し早い。
 桜見物の人もぼちぼちいた。会社帰りに携帯で写真を撮ってる人もいた。

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 駿府城跡は、堀がよく残っている。中堀はぐるりとほぼすべてが残っているし、外堀もかなり残している。駅前の一等地にもかかわらず、よくぞ埋めなかったものだ。堀の残り具合は名古屋城以上だ。
 江戸城でも名古屋城でも同じで、こういうところはだいたい官庁街になっている。駿府城跡も同じような街作りになっていた。

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 小さな二宮金次郎像。最近あまり見かけなくなったけど、あるところにはあるものだ。
 実際の二宮尊徳は、身長180センチ以上、体重90キロ以上の巨漢だったと言われている。ランドセルを背負わせたらランドセルが小さく見えただろう。

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 駿府城跡は、広い公園になっている。このあたりのゆったりした都市計画も静岡の特徴と言えそうだ。
 見えている背の高い建物は、静岡県庁の別館だ。かなり唐突で、まわりの風景と馴染んでいない。
 一番上は展望スペースになっていて、無料で登ることができる。今回は時間がなくて行けなかったけど、なかなか評判はいいようだ。

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 駿府公園までは駅から歩いても10分くらいだった。バスに乗るまでもなかったけど、駿府浪漫バスという100円の周回バスも走っている。
 駿府城の建物はほとんど何も残っていなくて、市民のための公園として整備されている。
 駿府城の歴史に関しては、あらためて書きたい。

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 たくさん小屋のようなものが建てられている最中だった。翌日からの静岡まつりのためのものだろう。
 どんな祭りで、どの程度の規模のものなのか、想像がつかない。名古屋まつりみたいなものだろうか。
 と書いて今気づいたのけど、静岡の情報というのは名古屋にはあまり入ってこない。三重県や岐阜県のローカルニュースはたくさんあるのに、静岡のものはすごく少ない。普通、これくらい大きな規模の祭りなら、地元の話題として取り上げられてもよさそうなものだ。けど、知らなかったということは、これまで見たことがないということだろう。
 こういうところをみても、愛知県と静岡県との壁を感じる。

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 屋台もずらりと並んでいた。まだ外枠しかできてなかったから、内部は当日仕上げるということのようだ。
 今日はいい天気だったけど、明日は夜から雨降りになりそうだ。祭りが終わる時間まで持つといいのだけど。

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 有名人ののぼりが立っていた。
 今年の大御所は松方弘樹と杉浦太陽が扮するらしい。
 他にも北村一樹や宇梶剛志、照英などの名前もあった。それらの人たちも参加するのだろうか。これだけ有名どころが来るということは、名古屋まつりは負けているか。名古屋まつりは郷土三英傑を地元のおじさんたちが自ら志願して演じている。

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 花見客もたくさんいた。前夜祭というのも行われるとのことだったから、夜桜見物の人たちも大勢訪れたのだろうか。
 駿府公園は思ってた以上に広くて、いい公園だった。史跡としての見所は少ないものの、市民の憩いの場としては申し分ない。
 下手に模擬天守を再建する必要はないのかもしれない。
 静岡シリーズはこのあと、駿府城編、久能山編へとつながっていく。
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